日本のジャズ

  • 秋吉敏子(Toshiko Akiyoshi)

    海外で活躍する日本人ジャズミュージシャンの草分け。ピアニスト、作曲家。56年渡米、バークリー音楽院での学習、チャールズ・ミンガスバンドをへて、 73年、秋吉敏子&ルー・タバキン・ビッグ・バンドを結成、03年まで活動を続け、米国ジャズ界でも現代を代表するビッグ・バンドとしての名声を確立している。日本の伝統的な音楽を使用したスタイルに定評がある。代表作は表題作と「チルドレン・イン・ザ・テンプル・グラウンド」を収録する『ロング・イエロー・ロード』、『孤軍』、「タヌキの夜遊び」を収録する『トシコから愛を込めて』など。

  • 上原ひろみ(Hiromi Uehara)

    チック・コリアとの共演で一般にも有名になったピアニスト。首席で卒業したバークリー音楽大学在学中の03年『Another Mind』でアルバムデビュー。卒業後帰国、テレビ番組「情熱大陸」への出演で有名となり、『Another Mind』が04年日本ゴールドディスク大賞「ジャズ・アルバム・オブ・ザ・イヤー」を受賞した。 05年の3作目『スパイラル』はオリコン20位のヒットとなり『ジャズディスク大賞 日本ジャズ賞』を受賞した。08年にはチック・コリアとのライブ公演をおさめたデュオアルバム 『デュエット』を発表した。

  • 大西順子(Junko Ohnishi)

    上原ひろみに先立ち89年ボストンのバークリー音楽院を首席で卒業した才媛。ニューヨークに移住し、ジョー・ヘンダーソン(ts)・カルテットのピアニストとして91年には来日を果たした。92年帰国後発表したアルバム『ワウ(WOW)』でスイングジャーナル誌日本ジャズ賞を受賞した。94年にはコルトレーンらの名盤で有名なNYCの名門クラブ「ヴィレッジ・ヴァンガード」で日本人として初めて自己のグループで出演した。96年にはジャッキー・マクリーンとの共演盤『ハット・トリック』を発表している。2000年活動を休止したが07年頃から活動を再開、アルバム『楽興の時』(09年)が話題となっている。

  • カシオペア (Casiopea)

    野呂一生(g)、向谷実 (key)、桜井哲夫(b)、神保彰(当初は佐々木隆)(ds)による日本を代表するフュージョンバンド。親しみやすいメロディーのインスト曲でザ・スクエアと並び人気を博した。79年ブレッカー・ブラザーズとデイヴィッド・サンボーンをゲストに迎えたアルバム『CASIOPEA』で華々しくデビューし80年代を突っ走ったが、89年活動を休止、桜井と神保は「ジンサク」を結成、残るメンバーで活動を続けた。代表作は「ASAYAKE 」収録の『SUPER FLIGHT』(79)や「DOMINO LINE」収録の『CROSS POINT』(81)、ライブ盤『MINT JAMS』(82)など。

  • 川崎燎(Ryo Kawasaki)

    主に米国で活躍する日本を代表するジャズ・ギタリスト。73年にニューヨークに移住、ギル・エヴァンス、テッド・カーソン、エルヴィン・ジョーンズなど多くのミュージシャンのサイド・メンとして活躍した。代表作の一つ『ジュース』(76)は90年代にヒツプ・ホツプ制作用のサンプリング・ソースとなり数曲がPuff Daddyなどに使用され、「トゥリンケッツ&シングス」(79)も多くのDJが採用している 。2000年にエストニアに拠点を移し、ジャズ・バレエ 「ステイル・ポイント」の音楽監督などで活躍している。他の代表作はアランフェス協奏曲に挑戦した『Ryo』(82)など。

  • 菊地雅章(Masabumi Kikuchi)

    「プーさん」の愛称で知られる日本のジャズ界の重鎮であるピアニスト兼キーボード奏者。レコーディングはないが一時マイルス・グループにも在籍した。60年代にはビバップスタイルをおしすすめ、渡辺貞夫カルテット、日野皓正とのクインテットなどを経て、バークリー音楽院に留学した。帰国後の69年にダブルピアノ、ダブルドラムによる菊地雅章セクステットを結成、名曲「ダンシングミスト」収録の名作『POO-SUN』を発表した。尺八の山本邦山、ベースのゲイリー・ピーコックとの『銀界』はジャズと邦楽の融合を図った傑作。73年にはニューヨークに移住、76年にヒノテルやデイブ・リーブマンらとの『WISHES/KOCHI』を発表、77年~79年にはギル・エヴァンスオーケストラに在籍した。81年の『ONE -WAY TRAVELLER』は世界中のDJから支持されクラブ・シーンを席巻、89年にはゲイリー・ピーコック(b)、ポール・モチアン(ds)とピアノトリオ「TETHERED MOON」を結成、『TETHERED MOON』(91)、『TRIANGLE』(92)と2枚のアルバムを残している。

  • 北村英治(Eiji Kitamura)

    日本を代表するジャズクラリネット奏者。 54年自己のグループを結成、57年にはベニー・グッドマンと共演している。モンタレージャズ・フェスの常連で、77年から94年までと96年の19回も出演している。代表作はテディー・ウイルソンと共演した『テディ ミーツ エイジ』、『エイジ・ミーツ・スモーキン』など。

  • 坂田明(Akira Sakata)

    日本を代表するジャズサックス奏者。72年~79年まで在籍したフリー・ジャズグループ「山下洋輔トリオ」での激しいプレイが注目され、一躍有名に。モントル-やニュ-ポ-トのジャズフェスに出演した。80年からは自己のグループで活躍する。ミジンコの研究でも有名。

  • ジョージ川口(George Kawaguchi)

    日本のジャズの黎明期に活躍したドラム奏者。口髭がトレードマーク。日本のジーン・クルーパといった存在か?53年に松本英彦らと「ビッグ4」を結成して活躍、高い人気を誇った。

  • T-SQUARE(T-スクェア、ティー・スクエア)ザ・スクェア(THE SQUARE)

    伊東たけし(sax,リリコン,EWI)安藤正容(g)中心とする日本のフュージョンを代表するバンド。88年までは、ザ・スクェアとしてカシオペアと人気を二分していた。CM使用曲の「トラヴェラーズ」収録の84年の『アドヴェンチャー』で一般にも人気が浸透。87年にはアルバム『TRUTH』のタイトル曲が当時セナとホンダのおかげで人気が沸騰していたF1のテレビ中継のテーマ曲となった。この年アメリカに進出、現地で「T-SQUARE」を名乗った。91年に伊東が脱退、本田雅人に変更となり、バンドは転機を迎えた。00年にバンド形態を解消したが03年にはオリジナル・メンバーで再結成され現在に至る。他の代表作は『ウェーブ』(89)、『ヒューマン』(93)など。

  • 鈴木章治(Shoji Suzuki)

    日本を代表するジャズ・クラリネット奏者。52年または3年に鈴木章治とリズム・エースのを結成し、現在まで活動を続けている。ベニー・グッドマン楽団のアルト奏者、ピーナッツ・ハッコーが参加した「鈴懸の径」(51)が大ヒットした。

  • 高中正義(Masayoshi Takanaka)

    夏、海を連想させるギターサウンドで大人気だった日本のフュージョンを代表するギタリスト。72年から75年まで活動した伝説のロック・バンド「サディスティック・ミカ・バンド」のギタリストとして注目を集める。名盤『黒船』でのプレーは特に素晴らしい。79年、「BLUE LAGOON」でブレーク、アルバム『JOLLY JIVE』も大ヒットした。81年発表のイタリアの画家ウル・デ・リコの絵本からインスピレーションを得た『虹伝説』は名作。他の代表曲に「READY TO FLY」、「BLUE LAGOON」、「SAUDADE」など。代表作は『T-WAVE』(80)、『SAUDADE 』(82)など。

  • 高橋達也と東京ユニオン(Tatsuya Takahashi)

    64年に結成されたビッグバンド「野村良と東京ユニオン」のバンドリーダーに66年高橋が就任し、「高橋達也と東京ユニオン」としてスタート、日本一のビッグ・バンドとなり89年まで継続した。 スイングジャーナルの読者人気投票「ビッグバンド部門」で78年以来、11年連続のポールウイナ-となった。78年にスイスのモントル-ジャズ祭、80年には米モンタレ-ジャズ祭に出演した。代表作の『北欧組曲』(77)でスイングジャーナル誌ジャズディスク大賞と日本ジャズ賞を、カウント・ベイシ-に捧げた『キーピング・カウント』(86)でスイン日本ジャズ賞を受賞している。

  • 寺井尚子(Naoko Terai)

    日本を代表するジャズ・ヴァイオリニスト。バップスタイルだが、レパートリーはクラシック、映画音楽、ボサノヴァと幅広い。98年に初リーダー作「シンキング・オブ・ユー」を発表。99年には、サントリーホールで公演を行い、スイングジャーナル誌人気投票のその他の楽器部門で第1位となる。以来現在まで第一線で活動している。

  • 富樫雅彦(Masahiko Togashi)

    日本を代表するジャズ・ドラマー兼パーカッショニスト。 14歳で松岡直也トリオのドラマーとなったのを皮切りに、秋吉敏子(渡米後は渡辺貞夫)コージー・カルテットでプレイ、10代でビバップを卒業。19歳で菊地雅章らとジャズ・アカデミーを結成し、フリー・ジャズに傾倒していった。ドン・チェリー、チャーリー・ヘイデン、セシル・テイラら海外の大物とも共演している。代表作はスイングジャーナル誌の「ジャズディスク大賞」を受賞した『スピリチュアル・ネイチャー』(75)と佐藤允彦らとのJJスピリッツによるやはり「ジャズディスク大賞」受賞の『プレイズ・ビ・バップVol.1』(91)など。

  • 土岐英史(Hidehumi AToki)

    フュージョンで活躍したジャズサックス奏者。72年日野皓正クインテット、73年川崎燎クインテットを経て74年に渡辺香津美(g)らと自己のカルテットを結成した。その後自己の活動と共に松岡直也とウィシングに参加した。85年『CHICKEN SHACK』を結成、現在に至る。

  • ナニワエキスプレス(NANIWA EXPRESS)

    上方フュージョンとよばれ関西で高い人気を誇ったフュージョン・グループ。82年デビュー、86年解散したが、02年に再結成された。代表作は名曲「ビリービン」収録の『NO FUSE 』や、赤井英和のリングテーマ「レッド・ゾーン」(シンクロナイズド)収録の『大宇宙無限力神』 。

  • 熱帯JAZZ楽団(Toropical jazz bigband)

    元オルケスタ・デ・ラ・ルスのパーカッション奏者、カルロス菅野が結成した日本を代表するラテン・ジャズ・ビッグバンド。ラテンのオールディーズの名曲やファンキーなオリジナル曲を中心に展開している。代表作は『熱帯JAZZ楽団 II  - September -』(98)など。

  • 原信夫とシャープス&フラッツ

    1951年に結成された日本を代表するビッグ・バンド。67年には日本人バンドとして初めてニューポート・ジャズ・フェスティバルに出演した。63年から 74年までのNHK紅白歌合戦での演奏や、64年~70年頃までの美空ひばりの専属バンドとしても有名。サミー・デイヴィスJr.、ダイアナ・ロス、イブ・モンタンなどとも共演している。

  • 日野皓正(Terumasa Hino)

    日本を代表するジャズ・トランペット、コルネット奏者。アップテンポの鋭い叫ぶような音色で人気を博した。64年白木秀雄クインテットに参加、ベルリン・ジャズ・フェスで高い評価をえる。67年初リーダー作、69年には代表作『ハイノロジー』をリリース、ヒノテル・ブームを起こした。この頃からメンズ雑誌の巻頭を飾るなど、そのファッション性でも注目を浴びた。75年からニューヨークに移住、79年『シティー・コネクション』、81年『ダブル・レインボー』などのヒット作を生んだ。現在も活動を続け、01年のアルバム『D・N・A』では文部科学大臣賞を受賞している。

  • プリズム(PRISM)

    75年にスーパーギタリスト和田アキラと元四人囃子のギタリスト森園勝敏らが結成したフュージョンバンド。代表作は77年のデビューアルバムの『PRISM』で、心地よい「ソフト・サイド」と過激なジャズ・ロックの「ハード・サイド」と違った側面を持つバンドが表現されている。

  • 松居慶子(Keiko Matsui)

    スムースジャズを代表するピアニストの一人。00年、01年と連続で全米スムースジャズ賞最優秀女性アーティスト賞を受賞している。代表作はビルボードで3位となった『DREAM WALK』(96)2位となった『フルムーン・アンド・ザ・シュライン』(98)、1位となった『Deep Blue』(01)など。

  • 松岡直也(Naoya Matsuoka)

    日本を代表するラテン・フュージョンピアニスト兼バンドリーダー。79年に「松岡直也&ウィシング」を結成、82年にはタイトル曲が三菱ミラージュのCMに使用された『九月の風』がオリコン2位となり、一般にも名前が知られるようになった。80年と83年にはスイスのモントルー・ジャズ・フェスティバルにも出演、83年の『WELCOME(ウエルカム)』のライブ盤で聴くことが出来る。作曲家としても有名で青い三角定規の「太陽がくれた季節(72)や中森明菜の「ミ・アモーレ」(85)、テレ朝「ニュースステーション」のテーマ曲などがある。

  • 松本英彦(Hidehiko Matsumoto)

    日本のジャズの黎明期を代表するテナーサックス奏者。53年にジョージ川口らと「ビック・フォー」を結成、第一次ジャズブームを巻き起こした。63年には日本人として初めてモントレー・ジャズ・フェスに招かれ単独出演した。代表作は全曲オリジナルのグレイト・ジャズ・トリオとの競演アルバム『ザ・セッション』、全曲オリジナルのフュージョン・アルバム『リオ・マンハッタン』など。

  • MALTA(マルタ)

    73年芸大卒、バークリー音楽院も76年に卒業、講師も務めた日本を代表するサックス奏者。79年からライオネル・ハンプトン楽団のコンサートマスターを経て、83年初リーダー作『MALTA』を発表、独自のMALTAサウンドで日本のフュージョンファンをうならせた。代表作は日本ゴールドディスク大賞を受賞した4枚目の『SPARKLING』(87)。

  • 山下洋輔(Yousuke Yamashita)

    日本を代表する世界的ジャズ・ピアニスト。ひじで鍵盤を鳴らす独自の奏法で有名。フリー・ジャズの伝道者でもある。麻布高校、国立音大卒。66年、83年まで活動する山下洋輔トリオを結成、モントルー、ニューポートなどのジャズ・フェスに出演し、海外でも高い評価を得た。88年にはセシル・マクビー(b)らと「山下洋輔ニューヨーク・トリオ」を結成、スイング・ジャーナル誌日本ジャズ賞受賞の『クルディッシュ・ダンス』(92)や『スパイダー』(95)をリリースした。近年はクラシックとの融合作品も多い。代表作は山下洋輔トリオで、早稲田大学4号館でのライブ盤『DANCING古事記』(69) や日本発のフリー・ジャズ盤『ミナのセカンド・テーマ』(69) など。

  • 渡辺香津美(Kazumi Watanabe)

    日本のジャズ界を代表するギタリスト。渡辺貞夫グループを経て、79年に坂本龍一、矢野顕子、村上秀一らと「KYLYN BAND(キリンバンド)」を結成、さらにYMOのワールドツアーにサポート・ギタリストとして参加、一躍注目された。80年には代表作『TO CHI KA』収録の「Unicorn」がCMに使われ、大ヒットした。その後も自己のリーダー作を発表しながらスライ&ロビー、ビル・ブラフォードなどジャズ以外の分野の大物と共演している。

  • 渡辺貞夫(Sadao Watanabe)

    日本を代表するアルト・サックス・プレイヤー、「ナベサダ」。チャーリー・パーカーに影響を受けている。53年、秋吉敏子のコージー・カルテットに加入、58年にはジョージ川口ビッグ4を経て、61年には初リーダーアルバム『渡辺貞夫』を発表。 62年には秋吉の誘いでバークリー音楽院に留学、65年帰国後もモントルーやニューポートジャズ祭に自己のグループで出演した。当初は伝統的なバップ・アーティストだったが、70年代に方向転換、77年にはリー・リトナー、デイヴ・グルーシンらを迎えた『マイ・ディア・ライフ』、78年には『カリフォルニア・シャワー』がフュージョン・ブームにのって大ヒットした。デイヴ・グルーシンとのコンビで79年『モーニング・アイランド』、81年には『オレンジ・エクスプレス』とヒットを連発した。また78年からの3作の表題曲が資生堂ブラバスのCM曲として大ヒット、渡辺自身もCMで草刈正雄と共演しお茶の間の人気者となった。

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