ハードロック/ヘビメタ

パープル、ツェッペリン、ヒープ、サバスからジャーニー、アイアン・メイデン、メタリカスリップノット 、ダークネス、ウルフマザーまで46のアーティストの情報を探すことが出来ます。

  • アイアン・メイデン(IRON MAIDEN)

    ブリティッシュ・へヴィ・メタル・シーンを牽引するバンド。75年の結成以来、不変の音楽性を貫き通す重鎮。スティーヴ・ハリス(b)を中心に結成、NWOBHM(ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・へヴィ・メタル・ムーヴメント)の中イギリスを代表的するヘヴィ・メタルバンドの地位を確立。2代目ヴォーカリスト、ブルース・ディッキンソン加入後、82年に発表されたサード・アルバム『魔力の刻印(The Number Of The Beast)』はアメリカでも成功、英米ともにプラチナ・ディスクとなり、へヴィ・メタルを代表する名盤となった。以降80年代はアメリカでも活躍、世界的規模で成功を修めた。93年、ブルースが脱退、後任シンガーを迎えるも人気は低迷、活動の規模も縮小化した。99年にブルース、エイドリアン・スミス(g)がバンドに復帰、トリプル・ギターの6人編成となり世界的な規模での活動を再開した。このラインナップで00年に『ブレイヴ・ニュー・ワールド(Brave New World)』を発表、以降コンスタントにアルバムもリリースしている。

  • アングラ(ANGRA)

    メロディック・スピード・メタルにクラシックを融合させた音楽スタイルで人気のブラジルのメタル・バンド。クラシック音楽の教育を受けたヴォーカリスト、アンドレ・マトスのハイ・トーン・ヴォーカル、キコ様ことキコ・ルーレイロの華麗なギター・プレイも注目を浴び、まずは日本のメロスピ・ファンが厚く支持した。91年結成、93年「エンジェルズ・クライ」でデビュー。デビューアルバム収録の「キャリー・オン」はメロスピを代表する1曲。ポスト・ハロウィンの評価もあり、その人気はヨーロッパにも広がっていった。00年にアンドレが脱退するもニュー・シンガー、エドゥ・ファラスキを迎え入れた新生アングラは今なおメロスピ・シーンの核として活躍中!

  • アーク・エネミー(ARCH ENEMY)

    美女ヴォーカリスト、アンジェラ・ゴソウを擁するメロディック・デスメタルの雄。イン・フレイムスやソイルワークとともにスウェーデンのメロデス・シーンを牽引するバンド。元カーカスのマイケル(g)と、クリストファー(g)のアモット兄弟を中心に結成。マイケルはドゥーム・メタル・バンド、スピリチュアル・ベガーズでも活動していたため、最初はデス・メタル・プロジェクトとして始動、96年にアルバム、「ブラック・アース」でデビューした。ブルータリティー溢れる楽曲群に生えるマイケルとクリストファーのメロディックなギター・サウンドが特徴的で、日本のデス・ファンの間でも話題となった。01年、ドイツ人女性ヴォーカリスト、アンジェラが加入してフォース・アルバム、「ウェイジス・オブ・シン」を発表。女性のものとは思えないタフなデス・ヴォイスからは、アンジェラの美貌は想像できず、このギャップの面白さも手伝いバンドは世界的な成功を収めた。

  • イングヴェイ・マルムスティーン(Yngwie J. Malmsteen)

    北欧メタル&速弾きの第一人者。愛称「インギー」、好物は美女とフェラーリ。ロック・ギターにクラシック音楽を融合させた独自のスタイルを確立、ネオ・クラシカル・ギタリストのパイオニアとなった。63年、スウェーデン出身。スウェーデンのローカル・バンド、スティーラー、グラハム・ボネット率いるアルカトラスを経て、84年自らのバンドを結成。デビュー・アルバム『ライジング・フォース』は、グラミー賞のベスト・ロック・インストゥルメンタル・パフォーマンス部門にノミネートされた。悪ガキのようなインパクトある存在感、ギター小僧垂涎の速弾き、メロディックな楽曲群により特に日本では不動の人気を誇る。94年発表の6作目アルバム『セヴンス・サイン』で人気はピークを迎え、トリプル・プラチナ・アルバムを引っさげ日本全国津々浦々までツアーした。

  • ヴァン・ヘイレン (Van Halen)

    ライトハンド奏法を一般化させたスーパギタリスト、エドワード・ヴァン・ヘイレン率いるアメリカン・ハード・ロックのシンボル。07年にロックの殿堂入りが発表された。エディとアレックス(ds)のヴァン・ヘイレン兄弟のバンドに、肉体派ヴォーカリスト、デイヴィッド・リー・ロスが加入して誕生。78年にキンクスの大ヒット曲「ユー・リアリー・ガット・ミー」のカヴァーを収録したファースト・アルバム『炎の導火線(Van Halen)』でデビュー。アルバムは全米19位からプラチナディスクとなり、華々しいデビューとなった。82年までは毎年1枚のペースでアルバムを発表、人気はウナギ登りになっていった。その後、84年の6枚目『1984』から、キーボードによるイントロが印象的なシングル「ジャンプ」が大ヒット。同時期にエディがマイケル・ジャクソンの『スリラー』で、「今夜はビート・イット」にギタリストとして参加したこともあり、ロック・ファン以外にも人気が波及した。この直後デイヴィッドが脱退するが、サミー・ヘイガーを新ヴォーカルに迎えてさらに躍進。7枚目の『5150』(86年)以降、11枚目の『バランス』(95年)まで、ライヴ盤の『ライヴ:ライト・ヒア、ライト・ナウ』を除く全アルバムが全米1位に輝き、アメリカン・ロックの頂点に君臨した。96年にサミーが脱退、元エクストリームのゲイリー・シェローンを迎え入れ、98年に『ヴァン・ヘイレンⅢ』をリリース。99年にゲイリーが脱退し、ヴォーカリスト不在となった。

  • ヴェルヴェット・リヴォルヴァー(Velvet Revolver)

    元ガンズ・アンド・ローゼズのメンバーが結成したスーパー・バンド。ガンズの延長線上にあるハード・ドライヴィン・ロケンロールはガンズ・ファンの心をとらえた。02年、元ガンズのスラッシュ(g)、ダフ・マッケイガン(b)、マット・ソーラム(ds)を中心に結成され、元ストーン・テンプル・パイロッツのスコット・ウェイランドがヴォーカリストとして加入して、04年にアルバム「コントラバンド」を発表、ビルボード誌アルバム・チャートで初登場1位を記録した。現在もガンズの看板を掲げるアクセル・ローズとはもちろん対立している。08年、スコット・ウェイランドが脱退し、ヴォーカリスト不在となっている。

  • ウルフマザー(Wolfmother)

    70年代ハード・ロックのコード進行で、古き良き時代のロックを具現化し人気となったオーストラリア出身の3ピース・バンド。アンドリュー・ストックデイルをフロントマンとして結成、インディーで活躍した後、04年にデビュー。オジー・オズボーンやロバート・プラントを彷彿させるヴォーカルと古くて新しい音楽性で話題となった。08年、音楽性の違いからアンドリュー以外の二人が脱退、残念ながら解散が決まった。

  • エアロスミス(Aerosmith)

    ミック・ジャガーに並ぶセックス・シンボル、スティーヴン・タイラー(vo)、とイケメン・ギタリスト、ジョー・ペリー(g)を擁する大物ロック・バンド。1度はメンバー全員がドラッグにやられてシーンから消えたが、その後奇跡の復活をとげ、01年に『ロックの殿堂』入りを果たした。70年ボストンで結成。ブリティッシュ・ロックをベースにしたハード・ロックが身上であったが、当初はストーンズ、ツェッペリンのチープなコピーだと酷評された。そんな中、地道にライヴをこなし、75年のサード『闇夜のヘヴィ・ロック』、続く『ロックス』で徐々にブレイク、スタジアム級のバンドになった。この時期に「スウィート・エモーション」、「バック・イン・ザ・サドル」、「ウォーク・ディス・ウェイ」が立て続けにヒット、ファースト・アルバムに収録されていた名曲「ドリーム・オン」も再発されてヒットした。79年にペリーが脱退し、人気も低迷、80年代初期にはバンドは解散状態だった。84年、遂にオリジナルメンバーで再結成、新たにゲフィン・レコードと契約し、『ダン・ウィズ・ミラーズ』をリリース。86年、当時最強のラップ・ユニットRUN DMCとの「ウォーク・ディス・ウェイ」のコラボが大当たりして奇跡の復活を遂げた。93年発表の『ゲット・ア・グリップ』で、初の全米チャート1位を獲得、「リヴィング・オン・ジ・エッジ」、「クライン」、「イート・ザ・リッチ」、「クレイジー」、「アメイジング」とシングルも次々とヒットし、全世界で1300万枚を売り上げる大成功をおさめた。「クレージー」のビデオ・クリップにはスティーヴンの娘、リヴ・タイラーをフィーチュア、このビデオは話題となりリヴがモデルから女優に転進するきっかけとなった。97年、古巣コロムビア・レコード(ソニー)復帰第1作となる『ナイン・ライブス』でも全米1位を獲得、映画『アルマゲドン』のメインテーマとなった「ミス・ア・シング」でシングルでは初の全米1位を獲得した。

  • エンター・シカリ(Enter Shikari)

    ロンドン郊外のセント・オルバンス出身の4ピースバンド。メタル/ハードコアとレイヴ/トランスを融合させたサウンドが特徴。2003年結成後500回以上のライブを行い人気に、06年にインディ・デビュー。07年のデビュー・アルバム『テイク・トゥ・ザ・スカイズ』は全英チャートで第4位となった。09年にはセカンドアルバム『コモン・ドレッズ』をリリース、サマソニで5回目の来日を果たす。

  • AC/DC(エーシーディーシー)

    不変のタテノリ・ロックでファンを増やし続けるハード・ロック・バンド。数々のロック・ミュージシャンからも敬愛し続けられるモンスター・バンドとして今なお君臨している。アンガス・ヤング(g)のスクールボーイ・スタイルの衣装でも有名で、今でもステージ衣装は半ズボンである。73年、アンガス、マルコム(g)のヤング兄弟を中心にオーストラリアのシドニーで結成。ボン・スコットをヴォーカリストに迎え、翌75年にローカル・レーベルからファースト『ハイ・ヴォルテージ』をリリース。オーストラリアで最も成功したバンドとなり、76年にアトランティック・レコードとワールドワイドの契約を結んだ。79年、6枚目の『地獄のハイウェイ』をリリース、後に代表曲の一つとなるタイトル曲は全米のラジオで流れ、アルバムは全米17位となった。世界的成功を目前にした80年、33歳の若さでボン・スコットが死去、新たにブライアン・ジョンソンを迎え入れ、ボンの追悼アルバムとして、7作目『バック・イン・ブラック』をリリース。 アルバムは全英1位、全米4位となりロングセラー化、マイケルジャクソンの『スリラー』に次ぎ、全世界で歴代2番目に売れたアルバムとして知られている。翌81年に『悪魔の招待状 』をリリース、全米1位に輝いた。83年にフィル・ラッド(ds)が脱退、その後リリースしたアルバムは芳しい評価も得られず、バンドは暫く低迷を続けた。90年、プロデューサーにエアロスミスやボン・ジョヴィとの仕事で知られるブルース・フェアバーンを迎えて制作した『レイザーズ・エッジ』をリリース。アメリカでは売り上げ300万枚を突破し、見事復活をとげた。94年、フィル・ラッドが復帰、翌95年に13作目『ボールブレイカー』をリリース、全米4位を記録した。08年、約8年ぶりのニューアルバムである15作目『悪魔の氷』をリリース、全米、全英ともに1位となり健在ぶりを見せつけた。

  • オジー・オズボーン (Ozzy Osbourne)

    現在のゴシック文化に通じる黒魔術的スタイルでカリスマ化されているへヴィ・メタル界の重鎮。70年代を代表する伝説のロック・バンド「ブラック・サバス」の初代ヴォーカリストとして成功を収め、78年にソロに転向。ギタリストに今は亡きランディ・ローズを迎えて80年に『ブリザード・オブ・オズ』、81年に『ダイアリー・オブ・ア・マッドマン』をリリース。いずれもヘヴィ・メタルの名盤となった。ランディ亡き後は、ブラッド・ギルス、ジェイク・E・リー、ザック・ワイルドと、名ギタリストを次々と発掘してアルバムをリリースした。90年にツアーからの引退を宣言、翌91年にソロ作品ではベスト・セラーとなった『ノー・モア・ティアーズ』をリリース、93年のライヴ・ビデオ『ライヴ& ラウド』も話題になった。その後、95年に『オズモシス』のリリースとともにライヴツアーを再開、引退を撤回した。96年から自らの名を冠したロック・フェスティバル“オズフェスト”も開催している。02年には、オズボーン家のビバリーヒルズの豪邸での生活を追ったMTVのリアリティ番組『オズボーンズ』に一家で登場、メタルの範疇を越えて人気者となった。

  • ガンズ・アンド・ローゼズ(Guns N' Roses)

    あっという間に頂点まで登りつめ、解散した伝説のロック・バンド。デビュー・アルバムとともに、80年代ロックを語る上で欠かせない存在。現在はアクセル・ローズ(vo)を中心に活動中。85年結成、87年『アペタイト・フォー・ディストラクション』でデビュー、アルバムは50週間後にビルボード1位となり、シングルカットされた「スウィート・チャイルド・オブ・マイン」も全米1位と、驚異の新人バンドとなった。本作からは「ウェルカム・トゥ・ザ・ジャングル」、「パラダイス・シティ」もトップ10ヒットとなり、代表曲となった。91年、4年ぶりとなるオリジナルアルバム『ユーズ・ユア・イリュージョンⅠ』、『ユーズ・ユア・イリュージョンⅡ』を2枚同時リリース。世界中のチャートで1位、2位を独占した。96年、ギタリストのスラッシュが脱退してから活動は不安定となり、翌97年にアクセルがバンド名の権利を獲得、以降“ガンズ=アクセル”となった。08年、製作期間14年、制作費14億円というモンスター(?)・アルバム『チャイニーズ・デモクラシー』をリリース。なんと17年振りの新作である!

  • ガンマ・レイ(Gamma Ray)

    ジャーマン・メタルの重鎮、カイ・ハンセン(g)率いるメタル・バンド。メンバー・チェンジを繰り返しながら、ドイツのメロディック・メタルを代表するバンドとして活躍中。カイはソングライターとしても評価が高く、ハロウィン時代には「ライド・ザ・スカイ」、「フューチャー・ワールド」などの名曲を残した。90年、ハロウィンを脱退したカイを中心に結成、ラルフ・シーパーズ(vo)を迎えて『ヘディング・フォー・トゥモロウ』をリリース。当初はレコーディング・プロジェクトであったが、パーマネントなバンドとして始動、来日公演も実施した。94年にラルフが脱退、カイがヴォーカルも兼任する4人編成となり、翌95年に『ランド・オブ・ザ・フリー』をリリース。アルバムはハロウィン時代の盟友マイケル・キスク(vo)やブラインド・ガーディアンのハンズィ・キアシュ(vo)がゲスト参加したコンセプトアルバムで、メロディック・メタルの名盤となった。以降2年~3年に1枚のペースでアルバムを発表、00年には新録の2枚組ベスト盤『ブラスト・フロム・ザ・パスト』もリリースした。07年に『ランド・オブ・ザ・フリーⅡ』をリリース、ハロウィンのワールド・ツアーに帯同し、08年には一緒に来日公演も行った。カイとハロウィンのマイケル・ヴァイカート(g)との確執には終止符が打たれたようだ。

  • キッス(KISS)

    アメリカを代表するハード・ロック・バンド。メンバー全員が派手なメイキャップを施し、素顔を明かさずに活動したためヴィジュアル系バンドの原点とも言われる。ベーシストのジーン・シモンズが火を吹くことでも有名。まさにエンターテインメントといえるステージングも大人気!73年結成、75年のサード・アルバム『地獄への接吻』収録の「激しい愛を」が話題となり日本でもデビュー、「ロックン・ロール・オール・ナイト」に日本のロック・キッズもノック・ダウンされた。同年に2枚組ライヴアルバム『キッス・ライブ 地獄の狂獣』が、全米9位を記録。翌76年の5枚目『地獄の軍団』から「デトロイト・ロック・シティ」と「ベス」がシングル・ヒット、不動の人気が確立した。同年の6枚目『地獄のロックファイアー』からは「ハード・ラック・ウーマン」がヒット、翌77年には初の来日公演が行われた。活動休止、ベスト盤を経て79年にリリースされた8枚目『地獄からの脱出』では、当時のディスコブームを反映したディスコ調シングル「ラヴィン・ユー・ベイビー」が大ヒットしたが、ロック・バンドとしての黄金期は一段落した。80年、ピーター・クリス(ds)が脱退してエリック・カーが加入。音楽性の変化もあり人気は低迷、83年にエース・フレイリー(g)も脱退、その後ギタリストは次々と代わることになった。当時のLAメタル・ブームの中、遂に素顔をさらしてメタルで勝負、92年のアルバム『リヴェンジ』は全米6位となった。95年、オリジナルメンバーで再結成、再びメイクをしてワールド・ツアーの後、98年にアルバム『サイコ・サーカス』をリリース、全米3位となりツアーも大成功した。以降モンスター・バンドとして活動中。09年には11年ぶりのスタジオアルバム『ソニック・ブーム』がバンド史上最高の全米2位を記録した。

  • クワイエット・ライオット(Quiet Riot)

    メタル・ブームの先駆けとなるなるヒット曲を生み出した、パイオニアにして一発屋のメタル・バンド。75年、ランディ・ローズ(g)を中心に結成。83年に『メタル・ヘルス』でデビュー、2ndシングル「カム・オン・フィール・ザ・ノイズ」が全米5位の大ヒットとなった。アルバムもヘヴィメタルバンドとしては画期的な全米第1位を獲得。同曲は日本では80年代を代表する洋楽曲の一つとなった。

  • グランド・ファンク・レイルロード(Grand Funk Railroad)

    アメリカン・バンドの代名詞として70年代中頃まで活躍した3人組み。マーク・ファーナー (vo,g)を中心に結成、69年にアルバム『グランド・ファンク・レイルロード登場!』でデビュー、シングル「ハートブレイカー」がヒットした。日本でも人気で71年に来日、雷雨の中行われた後楽園球場でのコンサートは伝説となっている。72年にバンド名をグランド・ファンクに変更、翌73年発表のアルバム『ウィー・アー・アン・アメリカン・バンド』は同名シングル曲とともに全米1位となり、アメリカを代表するハード・ロック・バンドとなった。74年のアルバム『シャイン・オン』からはオールディーズをアレンジした「ロコモーション」が大ヒットした。76年に解散、その後数度再結成されている。

  • ゲイリー・ムーア(Gary Moore)

    14歳で活動開始した、アイルランドが生んだ永遠のギター小僧。ピーター・グリーンの影響でプロのギタリストへの道を選んだだけあって、情感のこもったプレイに定評がある。数多くのバンドを渡り歩いており、“ギターを抱えた渡り鳥”の異名もある。68年、フィル・ライノットらとスキッド・ロウを結成、2枚のアルバムに参加後71年に脱退。74年、フィルに誘われてシン・リジィに一時加入。同年ジャズ・ロック・バンド、コロシアムⅡを結成し、76年から77年にかけて3枚のアルバムを残した。78年にシン・リジィの正式メンバーとなる一方、初のソロ・アルバム『Back on The Streets』を発表、アルバムを締めくくる名曲「パリの散歩道」が誕生、代表曲となった。翌79年、シン・リジィの代表作となった『Black Rose: A Rock Legend』をレコーディング、その後のツアー途中でバンドを去った。82年、ヴァージン・レコードと契約して『Corridors Of Power』をリリース、翌83年には初来日公演が行われた。89年発売のアルバム『After the War』収録の「Led Clones」では当時のメタル・バンドを痛烈に風刺して話題になった。翌90年の次作『Still Got The Blues』発表以降は自らのルーツであるブルース回帰を果たし、ブルース・ギタリストとして活動。94年には元クリームのジンジャー・ベイカー、ジャック・ブルース、とBBMを結成したがアルバム1枚で活動停止。その後、97年から99年には何故かテクノ、エレクトロニカを導入したソロ・アルバムを2枚リリース、物議をかもした。しかし、01年の『Back To The Blues』でアルバム・タイトル通りに、再びブルースに回帰した。

  • ジャーニー(Journey )

    80年代アメリカの産業ロックを代表するバンド。メンバー交代を繰り返し、解散、再結成を経て現在も活動している。73年、サンタナのニール・ショーンとグレッグ・ローリーを中心を結成、75年にデビューアルバム『宇宙への旅立ち』を発表した。初期はインスト・パートを前面に押し出した、プログレっぽい音楽性であったが、77年に専任ヴォーカリストにスティーヴ・ペリーを迎え、歌を前面に押し出した音楽性に転向した。81年発表の全米1位アルバム『エスケイプ』からは、ロック史上に残るロック・バラードの名曲、「フーズ・クライン・ナウ(Who's Crying Now)」と「オープン・アームズ(Open Arms)」が誕生、日本でも大ヒットした。83年に発表された8枚目の『フロンティアーズ』も9週連続全米2位と大成功を修め、アルバムのオープニングを飾る「Separate Ways」は彼らの代表曲の一つとなった。(当時の1位は37週連続マイケル・ジャクソンの『スリラー』であった。 )86年、9枚目の『時を駆けて』発売後のツアーを最後に活動を休止した。

  • ジューダス・プリースト(Judas Priest)

    メタル・ゴッドことロブ・ハルフォード(vo)率いる重鎮バンド。アイアン・メイデンと並び立つブリティッシュ・メタルの二大巨頭の一つ。69年結成、74年にデビュー。77年、新たにメジャーのCBSと契約、この頃からスタッズ・レザーに身をつつむファッションも確立、ロブはメタル・ファッションの生みの親となった。82年発表の『SCREAMING FOR VENGEANCE/復讐の叫び』はバンド最大のヒットとなり、オープニングにおけるインスト曲「ヘリオン」からキラー・チューン「エレクトリック・アイ」に繋げる手法はその後多くの様式美メタル・バンドにコピーされることになった。以降もプラチナ/ゴールド・アルバムを継続的に発表してきたが、ソロ活動の後ロブが脱退。96年、後任にティム・"リッパー"・オーウェンズが加入して活動するが人気は低迷。03年にロブが復帰し、15作目『ANGEL OF RETRIBUTION』をリリース。見事復活を遂げ、08年には初の2枚組オリジナルアルバム『NOSTRADAMUS』を発表した。

  • スコーピオンズ(SCORPIONS)

    ジャーマン・ハード・ロックの元祖。ヨーロッパのみならず、アメリカでも成功を収め現在も活動中。ルドルフ(g、vo)、マイケル(g)のシェンカー兄弟を中心に結成、72年にデビューした。その後、マイケルが脱退(後にUFOに参加)し後任にウルリッヒ・ロートが参加して、サード・アルバム『復讐の蠍団(In Trance)』で日本デビュー。76年のフォース『狂熱の蠍団(Virgin Killer)』は全裸の少女ヌードを使用したジャケットが物議となり、欧米ではワイセツということで差し替えられた。哀愁のメロディーが漂う楽曲群は日本のハードロックファンには高く評価され、ヨーロッパに続き日本でも人気バンドとなった。マティアス・ヤプス(g)加入後、82年に発売された『蠍魔宮~ブラックアウト』はアメリカでも成功、全米10位となり、アメリカでも最強のライヴ・バンドとしての真価を発揮した。以降メタル・ブームの追い風も受けて順調に活動、モンスター・バンドの一つとなった。90年、『クレイジー・ワールド』をリリース、シングル「ウィンド・オブ・チェインジ」が全米4位、全英2位のヒットとなり、アルバムも大成功した。

  • スリップノット (SlipKnoT)

    “猟奇趣味的激烈音楽集団”と称される、アメリカの9人編成ロック・バンド。メンバー全員がエグいマスクをかぶり素顔を晒さないという、キッスに通じるコンセプトで活動中。95年結成、00年に『スリップノット』でデビュー。ひたすらアグレッシヴに挑みかかるラウド&へヴィなロックは聴き手を選ぶが、デビューと同時にアメリカでも日本でも大人気となった。06年にはサード『VOL.3:(ザ・サブリミナル・ヴァーシズ)』からのシングル「Before I Forget」がグラミー賞で「Best Metal Performance」を受賞した。08年に4枚目『オール・ホープ・イズ・ゴーン』をリリース、同年のラウドパークで3度目の来日公演を行った。ヘッド・バンギングにもってこいな激速メタル・チューン多し!

  • スレイヤー(Slayer)

    アンスラックス、メガデス、メタリカとともに「スラッシュ四天王」と呼ばれる、スラッシュ・メタルの頂点を極めるバンドの一つ。ライヴでは「スレイヤ~!、スレイヤ~!!」とメタル・キッズの雄たけびが飛び交うなか、重く、早く、そして凶暴なメタル・ワールドが繰り広げられる。爆音に備えて耳栓が必要だ!81年結成、83年に『ショウ・ノー・マーシー』でデビュー。86年のサード『レイン・イン・ブラッド』でメジャーに移籍したが、歌詞が過激過ぎたため発売には時間を要した。94年の6枚目『ディヴァイン・インターヴェンション』では全米8位を記録。06年にはオリジナル・ドラマーのデイヴ・ロンバードが復帰、満を持しての約5年ぶりのアルバム『クライスト・イリュージョン』が全米5位となり健在ぶりを見せ付けた。

  • ザ・ダークネス(The Darkness)

    “クイーンの再来”、“ブリティッシュ・ロックの救世主”と称され話題を集めたロック・バンド。クィーンやレッド・ツェッペリンに影響を受け、クラシック・ロックを現代に再現した。03年のファースト・アルバム『パーミッション・トゥ・ランド』はUKアルバムチャート初登場2位と、まさに鳴り物入りのデビューを果たした。ジャスティン・ホーキンスのフレディを想起させるファルセット・ボイスはイギリス中を熱狂させ、イギリスのグラミー賞“ブリット・アワード2004”で最多の3部門を受賞。05年にはセカンド『ワン・ウェイ・チケット・トゥ・ヘル…アンド・バック』をリリース。翌06年には2度目のジャパン・ツアーが行われたが、10月にジャスティンが薬物問題ため脱退した。07年、残った3人はバンド名を変更し、新バンド、“ストーン・ゴッズ”として活動を開始した。

  • チルドレン・オブ・ボドム(Children Of Bodom)

    イケメンのギター・ヒーロー、アレキシ・ライホを擁するフィンランドのメロディック・デス・メタル・バンド。アグレッシヴなデス・ヴォイスとアレキシが織り成す美メロは日本でもバカウケ。アレキシ(vo、g)とヤスカ・ラーチカイネン(ds)を中心に結成され97年にデビュー。デビュー・アルバム『サムシング・ワイルド』からシングル・カットされた「チルドレン・オブ・ボドム」は、フィンランドのシングル・チャートで1位となった。その後フィンランド以外の国々でも注目される存在となり、99年のセカンド『ヘイトブリーダー』リリース後には初の来日公演も実現した。03年、リズム・ギターのアレクザンダー・クオファラが脱退、後任にアレキシと共にシナジーに在籍しているローペ・ラトヴァラを迎えた。同年のスタジオ4作目、『ヘイト・クルー・デスロール』ではデス・メタルの範疇に収まりきらない楽曲群で評価を高めた。以降05年に『アー・ユー・デッド・イエット?』、08年に『ブラッドドランク』をリリース、06年と09年の“ラウド・パーク”で来日した。

  • ディオ (Dio)

    レインボー、ブラック・サバスで活躍してきたロニー・ジェイムス・ディオ率いるアメリカのヘヴィ・メタル・バンド。様式美メタルを具現化できる唯一無二のヴォーカリスト、ロニー・ジェイムス・ディオの美声は齢60歳を超えても今なお衰えることない。近年の若手メタル・バンドからのリスペクトも集める“メタル界の人間国宝的存在”である。83年、ギターにヴィヴィアン・キャンベルを迎えたアルバム『情念の炎~ホーリィ・ダイヴァー』でデビュー。85年にヴィヴィアンが脱退、新たににクレイグ・ゴールディを迎えて87年に『ドリーム・イーヴル』をリリースしたがクレイグは本作のみで脱退、次にローワン・ロバートソンを迎え、90年に『ロック・アップ・ザ・ウルヴズ』をリリースした。その後解散し、ロニーはブラック・サバスへ戻ったがアルバム1枚で脱退。ディオを再結成し、93年に『ストレンジ・ハイウェイズ』をリリースした。以降04年の『マスター・オブ・ザ・ムーン』までコンスタントにアルバムをリリースしてきた。現在ロニーは元ブラック・サバスのトニー・アイオミ(g)、ギーザー・バトラー(b)、ヴィニー・アピス(ds)とヘヴン&ヘルとして活動している。

  • ディープ・パープル(Deep Purple)

    レッド・ツェッペリンと並ぶハードロックの代名詞とも言うべき英国のバンド。数々の名曲を生み出し、現在も活動中。68年にジョン・ロード(key)、リッチー・ブラックモア(g)、イアン・ペイス(ds)を中心に結成。デビュー・アルバム、『ハッシュ』(発売当時の邦題は『紫の世界』)収録のシングル、「ハッシュ」が全米4位のヒットとなった。69年にイアン・ギラン(vo)とロジャー・グローヴァー(b)を迎えた“第2期ディープ・パープル”は、ブラックモアの提案により翌70年にハードロック志向のサード『イン・ロック』をリリース。狙い通り、アルバムは全英4位、さらにプロモ・シングルの「ブラック・ナイト」は全英2位と大ヒットとなり、以降バンドはハードロック・バンドとして活動していく。72年のサード『マシン・ヘッド』からはハードロックの名曲「スモーク・オン・ザ・ウォーター」、「ハイウェイ・スター 」が誕生、アルバムもヒットして初来日公演が行われた。この日本公演はレコーディングされ『ライヴ・イン・ジャパン』として日本限定で発売され、その後海外でも『メイド・イン・ジャパン』というタイトルでリリースされた。73年にギランとグローヴァーが脱退、新たにデヴィッド・カヴァーディル(vo)、グレン・ヒューズ(b)を迎え入れた“第3期パープル”は、74年に『紫の炎(BURN)』をリリース。スピーディーなタイトル・チューンはまたしてもハードロックの名曲となりアルバムは全英3位、全米9位のヒットとなった。75年、ハードロックにパープルを導いてきたブラックモアが脱退、元ジェイムズ・ギャング のトミー・ボーリンが加入し、“第4期パープル”が誕生。新ラインナップでレコーディング、75年にリリースされた『カム・テイスト・ザ・バンド』はソウルやファンクの要素が導入され、ファンの間で物議を醸し出した。アルバムには批判が集中、ボーリンの薬物問題もあり活動は停滞、76年に解散した。その後84年に黄金期と呼ばれた第2期のメンバーで再結成、以降メンバー・チェンジを繰り返しながら活動を続けている。現行ラインナップのキーボードはドン・エイリー、ギターはスティーヴ・モーズ。

  • デフ・レパード(Def Leppard)

    MTV全盛時代に頂点を極めたモンスター・ロック・バンド。メンバーの事故、そして死を乗り越えて現在も活動中。78年結成、80年にデビューし、アイアン・メイデン、サクソンなどと並ぶNWOBHM (New Wave of British Heavy Metal)の中心バンドとして活躍した。83年、ハードでありばがらポップなサード『炎のターゲット』をリリース。発売5週でゴールド、10週でプラチナという大ヒットとなり、1年に及ぶワールド・ツアーを行った。翌84年から制作開始された4枚目の『ヒステリア』は、ドラマーのリック・アレンが交通事故で片腕を失うというアクシデントを乗り越えて87年にリリースされた。片腕で叩いているとは思えないへヴィーなドラム・サウンドは驚愕もので、シングル「ラヴ・バイツ」が全米1位を記録した他6曲のヒット曲が生まれ、アルバムは米国のみで1,000万枚を売上げ、英米共にNo.1を記録するメガ・ヒットとなった。5枚目『アドレナライズ』のレコーディング中の91年、アルコールの過剰摂取によりスティーヴ・クラーク(g)が死亡、フィル・コリン(g)が全てのギターを収録した。92年にリリースされたアルバムは全米1位、全英2位を記録、ギタリストに元ホワイトスネイクのヴィヴィアン・キャンベルを迎えて行われたワールド・ツアーは通算17ヶ月、全241公演に及んだ。以降、96年に『スラング』、99年に『ユーフォリア』、02年には8枚目のスタジオアルバム『X』をリリースした。アルバムの売上げは低迷したがツアーは好調で、04年に英国で、05年には米国でベスト盤を、06年にカヴァーアルバム『Yeah!〜イエーイ』 をリリースした。08年、満を持しての10枚目のスタジオアルバム『ソングス・フロム・ザ・スパークル・ラウンジ』をリリース、全米5位、全英10位を記録した。

  • トミー・ボーリン(Tommy Bolin)

    知る人ぞ知るアメリカ人のスーパー・ギタリスト。ジェイムス・ギャング等のロック・バンドで活動後、75年にリッチー・ブラックモアの後任としてディープ・パープルに加入。アルバム『カム・テイスト・ザ・バンド』に参加、一躍脚光を浴びた。しかし、翌76年にディープ・パープルは解散、その後自らのバンドを結成しソロ・アルバムを発表。その後ジェフ・ベックの前座としてツアー中に25歳で急逝した。死因は麻薬の過剰摂取。

  • ドリーム・シアター(Dream Theater)

    誰もが憧れる技術を持つ超技巧派バンド。ラッシュの影響を受けつつも、メタルも取り入れた音楽性により、メタル・ファン、プログレッシヴ・ロック・ファンがら厚く支持され続ける。85年、バークリー音楽院に通うジョン・ペトルーシ(g)、ジョン・マイアング(b)、マイク・ポートノイ(ds)を中心に結成。89年バンド名を“ドリーム・シアター”に改名してデビュー、プログレッシヴ・メタル・バンドの代名詞となった。92年発表のセカンド・アルバム『IMAGES AND WORDS』が大ヒット、リーダー・トラック「プル・ミー・アンダー」はメタラーにとってもプログレ・ファンにとっても痒い所に手が届いた名曲。ソプラノ・サックスをフィーチュアした「アナザー・デイ」は珠玉のロック・バラードであった。99年、キーボードにジョーダン・ルーデスにを迎えて制作した初のコンセプト・アルバム『Metropolis Pt.2 : Scenes From A Memory』をリリース。このアルバムはライヴでも完全再現され話題になった。07年ロードランナー・レコードに移籍、9枚目の『Systematic Chaos』をリリース。09年には10枚目の『Black Clouds & Silver Linings』をリリースした。

  • ナザレス(NAZARETH)

    ヴォーカルのダン・マッカファーティーを中心とした4ピース・ハード・ロック・バンド。アメリカにはエアロスミス、そしてスコットランドにはナザレス!スティーヴンがスクリームならダンのシャウトも最高!ガンズのアクセル・ローズは、歌唱法や音楽性に影響を受けている。68年結成、71年にデビュー。ディープ・パープルの前座を務めたのが縁で、73年発表のサード・アルバム『ラザマナズ』はロジャー・グローヴァーがプロデュースした。74年にはエヴァリー・ブラザーズのバラード曲、「ラヴ・ハーツ」をカヴァー、アメリカでゴールド・ディスクを獲得、同曲収録の4枚目『威光そして栄誉』は代表作となった。現在も活動中で定期的にニュー・アルバムをリリースしている。

  • ハロウィン(HELLOWEEN)

    メロディック・パワー・メタルのパイオニアにして元祖ジャーマン・メタルとされる。1984年結成、1985年にデビュー。初期は美メロメーカー、マイケル・ヴァイカート、とマエストロ、カイ・ハンセンのソング・ライティング、そしてツイン・リード・ギターが特徴。アンディ・デリス加入後はデリスとヴァイカートによるメタルの王道チューン「パワー」が日本でも大ヒット、収録アルバム「タイム・オブ・ジ・オウス」はプラチナ・ディスクを獲得。ハロウィンのカボチャをモチーフとしたキャラクターでも知られる。メンバー・チェンジを繰り返しながら活動する永遠の「メタルの入り口」バンド。

  • ブラック・サバス(Black Sabbath)

    黒い安息日という意味のバンド。1970年2月の13日の金曜日にデビューしたように、当初から黒魔術的色際が強く、現在のゴシックファッションに大きな影響を与えている。ヘヴィ・メタルの元祖の一つとも言われるがハードコア、ドゥーム・メタル等にも影響を及ぼした。バンドの看板であるギターのトニー・アイオミは健在だが、もう一枚の看板であったヴォーカリストのオジー・オズボーンは、79年に脱退、しかしその後任としてサバスと並ぶハードロックの雄であるディープ・パープルとその派生バンドであるレインボーのメンバーであった、ロニー・ジェイムス・ディオ、イアン・ギラン、グレン・ヒューズなどが代わりを務めている。70年~75年に発表された初期の6枚はいずれも傑作で、オジーのシャウトも含め、おどろおどろしい雰囲気にあふれたサウンドを創出している。

  • ブルー・オイスター・カルト(BLUE ÖYSTER CULT)

    1972年にデビューしたエアロスミスと並ぶアメリカ・ハードロックの雄。74年の3作目、『オカルト宣言』は「人間そっくり」、「メッサーシュミットME262」という代表曲を収録した名盤。77年の5作目『Spectres』に収録された「ゴジラ」はヤンキースの松井のテーマ曲としても有名な名曲。

  • ホワイトスネイク(Whitesnake)

    デヴィッド・カヴァーディルがディープ・パープル脱退後に結成、1978年にデビューしたイギリスのハード・ロック・バンド。初期はブルージーなブリティッシュ・ロックをプレイしていたがアメリカでの成功を画策し1983年にはゲフィン・レコードと契約。翌年発表のアルバム「スライド・イット・イン」はアメリカでダブル・プラチナ・ディスクとなった。ゲフィン移籍後の2作目「サーペンス・アルバス(Whitesnake)」では全面的にアメリカン・ハード・ロックのダイナミズムを導入。キラキラした派手な曲のオンパレードが項を奏して大成功、アルバムは全米チャート2位を記録した。ホワイトスネイクはデヴィッドを核とするバンド・プロジェクト化、他のメンバーに関わらずデヴィッドが歌えばホワイトスネイクなのである。

  • ボストン(Boston)

    「ハードな音なのにポップ」という一種の発明をした、アメリカのロック・バンド。MIT出身のトム・ショルツが作詞・作曲、演奏、サウンド・エンジニアリング、プロデュースの全てを手がけたソロ・プロジェクト。バンドはツアー実施のため、後付けで編成された。76年に放ったデビュー曲「宇宙の彼方へ(More Than a Feeling)」が世界中で大ヒット、ファースト・アルバム『幻想飛行(Boston)』は全米3位を記録。78年のセカンド・アルバム『ドント・ルック・バック』は全米1位の大ヒットとなった。MCAレコードに移籍して発表した86年のサード『サード・ステージ』からは「アマンダ」が全米1位となり、アルバムも2作連続で全米1位となった。以降、94年に4枚目『ウォーク・オン』、02年に最新作『コーポレイト・アメリカ』を発表、次作は10年発売かと噂されている。

  • ボン・ジョヴィ(ボン・ジョビ)(Bon Jovi)

    アメリカン・ロックのシンボルとなったモンスター・バンド。ジョン・ボン・ジョヴィ(vo、g)、リッチー・サンボラ(g)を中心に結成、84年にアルバム『夜明けのランナウェイ』でデビュー、日本ではゴールドとなり日本での人気が先行した。アメリカでは86年発表のサード・アルバム「ワイルド・イン・ザ・ストリーツ」でブレイク。アルバムはハード・ロック・バンドとしてはレッド・ツェッペリンの記録を塗り替える8週連続全米1位、年間チャート第1位となり、シングル「禁じられた愛(You Give Love A Bad Name)」、「リヴィン・オン・ア・プレイヤー」も全米No.1を獲得した。88年には名作アルバム『NEW JERSEY』を発表、世界で最も成功したロックバンドとなった。その後ジョンは本格的に俳優活動をスタート、ハリウッド・セレブの仲間入りも果たしバンド活動は停滞した。96年のアルバム『ジーズ・デイズ』はオリコン1位と日本では大ヒットとなった。07年の『ロスト・ハイウェイ』もオリコン1位となり、現在も根強い人気を誇っている。

  • マウンテン (MOUNTAIN)

    1968年、バイオリン奏法を駆使する巨漢のギタリスト、レズリー・ウェストと、クリームのプロデューサーだったフェリックス・パッパラルディを中心に結成されたアメリカのハード・ロック・バンド。69年のウッドストック・フェスティバルで成功を収め、70年には。映画「バニシング・ポイント」の挿入曲にもなった「ミシシッピ・クィーン 」が大ヒット、スターダムに上ったが72年に解散する。「ミシシッピ・クィーン 」は「ひらけ!ポンキッキ」のテーマ曲としても有名。

  • メガデス(Megadeth)

    1982年メタリカを脱退したデイヴ・ムステインを中心に結成されたアメリカのヘヴィ・メタル・バンド。スラッシュ・メタル四天王の一つで、その音楽性は複雑なリフを中心とした個性的な楽曲展開により”インテレクチュアル・スラッシュ・メタル”とも呼ばれる。マーティー・フリードマン加入後制作された5作目アルバム「破滅へのカウントダウン(COUNTDOWN TO EXTINCTION)」は歌心溢れる楽曲による聴き易さが広くメタル・ファンにアピールし大ヒット、全米2位を記録。当時メンバーは美形で、アイドル・バンド的な要素も合わせ待っていた。

  • メタリカ(METALLICA)

    アメリカでは5枚のアルバムが全米1位となり、ビートルズと並ぶ記録を打ち立てた。数々のゴールド/プラチナ・アルバムを生み出し続けるモンスター・バンド。1981年結成、1984年アルバム・デビュー、かつてはスラッシュ・メタル四天王の一つ。1991年、アルバム「メタリカ」(ブラック・アルバム)は全米初登場1位に輝き、シングル「エンター・サンドマン」、「ジ・アンフォーギヴン」も大ヒット、アルバム発売後のワールド・ツアーは3年間に及んだ。

  • モトリー・クルー (Mötley Crüe)

    ニッキー・シックス(b)、トミー・リー(ds)を中心に1981年結成、翌年メジャー・デビューしたアメリカのロック・バンド。派手なメイクとスプレーで膨らませた髪という彼らのスタイルが「LAメタル」ムーヴメントの根源となった。1989年、アルバム「ドクター・フィールグッド」は全米第1位を記録、ドラム・セットが空中で1回転するなど派手なライヴ・パフォーマンスでも一世を風靡した。メンバー・チェンジを経て、2004年オリジナル・メンバーで再結成、現在も活躍中。

  • モントローズ(Montrose)

    エドガー・ウィンター・グループで活躍してきたギタリスト、ロニー・モントローズを中心に結成され、1973年にデビューしたアメリカのハード・ロック・バンド。当時はまだめずらしかったロニーの速弾きギター、サミー・ヘイガー(vo)のシャウトが強力!サミーは後にヴァン・ヘイレンに、ドラマーのデニー・カーマッシは後にハートに加入と人材も輩出した。

  • UFO (ユーエフオー)

    後のへヴィ・メタル・アーティストに多大な影響を及ぼしたブリティッシュ・ハード・ロックの重鎮。フィル・モグ(vo)とピート・ウェイ(b)を中心に1969年結成され翌年デビュー。1973年マイケル・シェンカーが加入、アルバム「現象」からは「ロック・ボトム」、「ドクター・ドクター」といった代表曲が生み出された。メンバー・チェンジを経て1992年に再結成された。

  • ユーライア・ヒープ(URIAH HEEP)

    1970年にデビューしたイギリスのハード・ロック・バンド。ミック・ボックス(g)、ケン・ヘンズレー(key)、デビッド・バイロン(vo)を中心とした70年代が黄金時代で、「対自核」、「悪魔と魔法使い」、「魔の饗宴」などの代表作を次々と生み出した。バイロンのファルセット・ボイスにヘンズレーの優美なキーボードがからむ美しいハードロックが特徴だった。75年にはキング・クリムゾンのジョン・ウェットン(b)が加入、アルバム『幻想への回帰(RETURN TO FANTASY)』も大ヒットした。77年以降はミック・ボックス以外のメンバーは脱退し、バンドの命運はつきた。「対自核」に入っている「七月の朝」はケンのキーボードをフィーチャーしたナンバーで、プログレ調の名曲。

  • レインボー(Rainbow)

    元ディープ・パープルのリッチー・ブラックモアが75年に結成したイギリスのハード・ロック・バンド。1枚目の『銀嶺の覇者』はリッチー(g)とロニー・ジェイムス・ディオ(v)以外のメンバーにも恵まれずまあまあという出来だったが、2枚目の「虹を翔る覇者」からは、コージー・パウエル(ds)を迎え、パープルを凌駕し、76年の日本ツアーは熱狂に包まれた!3枚目の『バビロンの城門』も3人が全力投球していて名曲ぞろいだったが、アメリカでは売れず、バンドはアメリカ市場を意識してポップ路線にすすむこととなる。そのため、ディオが脱退しサバスに移籍、4枚目(ライブを含むと5枚目)発表後にコージーも脱退、7枚のスタジオアルバムを残しバンドは84年に解散することとなる。95年に一時再結成された。

  • レッド・ツェッペリン(Led Zeppelin)

    現在まで不動の人気を誇るイギリスのハード・ロック・バンド。未だにツェッペリンを超えるロックバンドは現れていない!1969年に発売されたセカンド・アルバムはビートルズの「アビーロード」を引きずりおろして英米共1位を記録。8作のスタジオ・アルバムを残し、1980年ボーナムの逝去により解散した。3大ギタリストだが、テクよりもクレバーと評されるジミー・ペイジの斬新なギターと、他の誰にも真似できない音域と声質を誇るロバート・プラント のヴォーカル、多くのドラマーに尊敬されるへビーなジョン・ボーナムのドラムとその魅力は語りつくせない。初期のハードなサウンドと、聖なる館以降の厚みのある、様々な音楽の影響を受けた深いサウンドは同じバンドとは思えず、好みの別れるところだろう。

  • ロストプロフェッツ(Lostprophets)

    2000年にデビューしたイギリスのロック・バンド。01年に発表したファースト・アルバム「ザ・フェイク・サウンド・オブ・プログレス」がいきなりKerrang!誌の“Best New British Band 2001 Award”を受賞、NME誌では、リンキン・パーク、スリップノット、アンドリューWKを押さえ込んで“Best Metal Band”を受賞し、一躍世界中から注目を集める。日本ではメンバーのルックスのよさや、イアン・ワトキンス(vo)の日本びいき(ゲームとアニメが大好き!)も功を奏し正式デビューを待たずして人気者に。サマー・ソニックには04年、06年、08年と3回出演。サード・アルバム「リベレイション・トランスミッション」発表後、2007年のフジロックフェスティバルでは最終日にグリーン・ステージのクロージング・アクトを努めた。09年には待望のニュー・アルバムが発表される予定。

きらく辞典

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ハードロック

ハードロック () は、ロックの一形態。ブルースを基調とする激しいロックを指す。歪んだ音のエレクトリック・ギターを強調したサウンド形態が特徴。起源は曖昧であるが、1960年代後期にはほぼ確立したジャンルと言える。「ディープ・パープル」や「AC/DC」などが典型的なスタイルとされる。

ヘヴィメタル

ヘヴィメタル(Heavy Metal)は音楽のジャンルの一つ。基本的な俗称はメタル。他にHM、ヘヴィメタなど。日本のヘヴィメタルファン(メタラーと呼ばれる)の中にはヘヴィメタルを「ヘヴィメタ」と略すことを好まない人もいる。

掲示板

投稿一覧を見る

新規投稿フォーム

ニックネーム
タイトル
本文
削除キー  ※半角英数字で入力してください。
1最強のハード・ロック・バンドについて語ろう!
  • 投稿者:purple snake rainbow
  • 投稿日時:2008/07/02 15:03:31
削除No.削除キー

投稿一覧を見る