現代フィギュアスケート選手
浅田真央、荒川静香、キム・ヨナ、ジェフリー・バトル、ステファン・ランビエール、高橋大輔、エフゲニー・プルシェンコなど44人の選手の情報を探すことができます。
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浅田舞
浅田真央の姉として有名で、真央と共にCMやバラエティなどメディアへの露出も多い選手。長い手足を生かした優雅な演技が持ち味。88年、愛知県名古屋市出身。02-03シーズンの全日本ジュニア選手権で2位となり、世界ジュニア選手権に出場。06年の四大陸選手権では6位入賞を果たした。08年から不調が続き、6月から本田武史の指導を受けて立て直しをはかっていたが、09年度はシニア強化選手枠から外れた。
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浅田真央
天真爛漫な笑顔で人気を集める国民的スター、「まおちゃん」。08年の世界女王。CMなどのメディア出演も多い。09年世界女王のキム・ヨナの最大のライバルで、ヴァンクーバー・オリンピック銀メダリスト。トリプルアクセルを筆頭としたジャンプで有名だが、スピンの軸の安定性やスパイラルシークエンスのポジションの多彩さにも定評がある。90年名古屋市生まれ。ジュニア時代、05年の世界ジュニア選手権優勝で世界一の座にもついて以後シニアクラスに入る。その後も世界トップレベルの選手として活躍を続け、05-06年、08-09年のグランプリファイナル優勝、全日本選手権3連覇、世界選手権優勝など輝かしい戦績を残してきた。09-10シーズンは、GPフランス大会2位、ロシア大会5位とはじめてのスランプに見舞われた。トリプルアクセルへの重圧が大きく、難しいプログラム構成が仇となった。しかし全日本選手権ではトリプルアクセルを見事に決め4連覇達成を達成、文句なしのバンクーバーオリンピックの日本代表選手となった。オリンピック直前の四大陸選手権でもフリーで2度の3回転アクセルを成功させ優勝を果たした。バンクーバーではショートプログラムで完璧な演技を披露、オリンピック史上初めての女子でのトリプルアクセルも成功した。それにもかかわらず採点ではキム・ヨナのトリプル~トリプルルッツの評価が真央のトリプルアクセル~ダブルルッツよりも2点以上も高く評価され、4.72点差をつけられた。フリーでも連続ジャンプにミスがでて、銀メダルに終わった。
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荒川静香
身体を反らせる「イナバウアー」で世界中を熱狂させたトリノオリンピック金メダリスト。ジャンプ・ステップ・スピン・スパイラルの全てにおいて高い技術を持つ。81年生まれ。99年に全日本選手権で二連覇を成し遂げたが、その後スランプに陥った。しかし、04年の世界選手権ではトゥーランドットの曲に合わせて全ての要素を完璧に決め、優勝を果たす。06年2月のトリノオリンピックでは、当時フリーで使用していた「幻想即興曲」をショートに、世界選手権優勝時に使用していた「トゥーランドット」をフリーに使用し、大接戦を制して見事金メダル獲得となった。06年5月にアマチュア競技引退を表明。その後はプロスケーターとしての活動しているほか、解説者として活躍中。
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安藤美姫
07年世界選手権優勝の記録を持つ元女王「ミキティ」。公式試合で女子シングル史上初の4回転ジャンプを成功させたジャンプの名手でもある。ニコライ・モロゾフコーチの指導の下、表現力を強化、09年の世界選手権では3位となり、ヴァンクーバーでのメダルに期待がかかる。87年愛知県出身。01-02シーズンに全日本ジュニア選手権、ジュニアグランプリファイナルで優勝するという華々しいジュニアデビューを飾った。02-03のジュニアグランプリファイナルでは、女子シングル史上初の4回転サルコウに成功し、ギネスに記録を残した。翌年の同大会では2季ぶりに優勝。全日本ジュニア選手権ではまたしても4回転ジャンプを成功させ、3連覇を達成した。 04年全日本選手権大会で悲願の初優勝。05年トリノオリンピックに出場したが15位におわった。07年の全日本選手権では総合200点を越える会心の演技を見せ2位となった。09年のグランプリシリーズではロシア杯、NHK杯とグランプリシリーズを連続優勝。グランプリファイナルでは2位に入り、バンクーバーオリンピックの日本代表に内定した。オリンピックではショートプログラムで4位となり逆転のメダルを期待されたが、5位に終わった。
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井上怜奈
「氷上のプロポーズ」のCMで親しまれている米国籍のペア選手。08年の全米選手権大会で、演技終了直後にスケートリンクでペアのジョン・ボルドウィンからプロポーズを受け大きな話題となった。76年生まれ。92年のアルベールビルオリンピックで小山朋昭とペアを組み五輪初出場を果たし14位と健闘した。00年からはより良い競争環境を求めて米国籍を取得し、現在の夫であるジョンとペアを組んで活動を開始。05年の全米選手権優勝、06年の四大陸選手権優勝などを飾り、アメリカ代表としてトリノオリンピック出場を決めた。同大会では総合7位に終わったものの、ペア競技で五輪史上初となるスロートリプルアクセルの着氷を成功させる活躍を見せた。06年世界選手権は4位入賞。08年の全米選手権に出場し2位に輝いた。
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織田信成
織田信長の血を引く、日本を代表するフィギュアスケート選手。09年にはグランプリシリーズのフランス大会、中国大会と連続優勝を果たし、グランプリ・ファイナルへの出場が決定している。柔軟性が大変高く、バリエーション豊かなスピンと柔らかな着氷が持ち味。コミカルな演技も得意。87年生まれ。05年世界ジュニアフィギュアスケート選手権で優勝し、注目を集めた。06年は全日本選手権で2位に終わり、トリノ五輪出場を逃した。07年夏の酒気帯び運転摘発後は1年ほど表舞台から遠ざかっていたが、08-09シーズンで復帰。NHK杯、全日本選手権と立て続けに優勝した。 09-10シーズンはグランプリシリーズのフランス大会、中国杯と連続優勝を果たし、グランプリファイナルでは2位となりバンクーバーオリンピックの代表となった。バンクーバーオリンピックではショートプログラム4位と健闘したが、フリーでは靴紐が切れるなどのアクシデントもあり総合7位に終わった。
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恩田美栄
演技終了後の大きなガッツポーズと笑顔が印象的な選手。体が固くスパイラルは苦手としていた反面、高さのあるジャンプを武器とし、トリプルアクセルに果敢に挑戦し続けた。82年、愛知県名古屋市出身。99-00シーズンの四大陸選手権で5位入賞を果たし、01-02シーズンにGPファイナルに初進出。同時にソルトレイクシティオリンピック代表選出に内定し、17位に終わった。05年四大陸選手権2位に輝くがその後低迷期が続き、07年に引退を表明。その後プロスケーターとしての活動を開始し、導者としても活躍した。現在はショーへの出演をやめ、コーチ業に専念している。
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カロリーナ・コストナー(Carolina Kostner)
世界選手権2位に輝いたイタリアのフィギュアスケート選手。高い身長と長い手足を活かした表現力と、スピード感が持ち味。伸びやかさ、ダイナミックさなどは世界のトップレベルとされている。87年イタリア出身。05年世界選手権でイタリア女子シングル27年振りのメダルとなる銅メダルを獲得。06年のトリノオリンピックでは、開会式でイタリア選手団の旗手を務めるも、9位に終わった。08年の世界選手権では、自己最高の2位に入賞し銀メダルを獲得した。
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キミー・マイズナー(Kimmie Meissner)
アメリカの若手スケート選手の代表格で、06年の世界女王。 安藤美姫や浅田真央のジュニア時代からのライバルで、ジャンプの巧さに定評のある選手。 89年生まれ。 ジュニア時代から活躍しており、安藤が優勝した世界ジュニア選手権では準優勝に輝いている。 シニアの大会に出るようになってからも活躍を続け、06年トリノオリンピックでは6位に入賞。 同年の世界選手権優勝では、フリースケーティングで完璧な演技を披露し優勝。世界女王に君臨した。 しかし07年のGPアメリカ大会優勝以後は、成績不振が続いている。
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キム・ヨナ(Kim Yeon-Ah)
韓国国民の期待を一身に背負う、世界女王。世界最高得点を誇り現在最も金メダルに近い選手。母国では「国民の妹」「フィギュアの妖精」と呼ばれている。高い芸術性を誇る演技と、安定したジャンプに定評がある。90年生まれ。幼いころから国際大会で優勝し、注目を集めていた。06-07シーズンからグランプリシリーズに参戦し、同年のGPファイナルでは初出場初優勝を飾った。その後は怪我に悩まされ続けたが、08-09年シーズンには完治し、歴代最高得点で世界選手権優勝、四大陸選手権優勝を果たした。2009年のグランプリシリーズフランス大会でも、フリーと総合得点で歴代最高得点を更新し、優勝した。
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キーラ・コルピ(Kiira Korpi)
09年GP中国大会で惜しくも鈴木明子に敗れ2位となるも、日本での知名度が急上昇したフィンランドの女子フィギュアスケーター。スケーティングの技術だけでなく、その美貌もファンを集めている。88年生まれ。06年の欧州選手権での3位獲得。同年のトリノオリンピックにも出場した。08-09シーズンは脚の不調に悩まされるものの、復帰戦のフィンランド選手権では見事、自己ベストを更新して優勝を飾った。
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小塚崇彦
日本男子フィギュア界期待の新星。バンクーバーオリンピックでは8位入賞を果たした。無駄のない滑らかなスケーティングとエッジを深く使ったステップ、正確な技術を持ち味とする。89年愛知県名古屋市出身。05-06シーズンに全日本ジュニア選手権を制し、世界ジュニア選手権では高橋、織田に次ぐ日本人男子史上3人目の優勝を果たし脚光を浴びた。06-07シーズンからはシニアに挑戦、GPシリーズのNHK杯で世界の強豪を退け早くも3位となった。 07-08シーズンには全日本選手権で2位となった。08-09シーズンにはグランプリファイナルで2位に輝き、世界選手権では日本男子最高の6位入賞を果たし、オリンピック候補として注目された。09-10シーズンでは全日本選手権で3位となり、バンクーバーオリンピック代表となった。オリンピックでは 4回転トウループに成功、パーソナルベストを更新し、8位入賞を果たした。
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サラ・ヒューズ(Sarah Hughes)
ソルトレイクシティオリンピック金メダリスト。現役フィギュアスケート選手のエミリー・ヒューズの姉。エレガントな動きとスパイラル、レイバックに定評がある。85年アメリカ合衆国ニューヨーク州出身。99年の世界選手権に初出場し、7位に輝く。02年ソルトレイクシティオリンピック女子シングル金メダル獲得。03年の世界選手権を最後に、アマチュア競技会から遠ざかった。現在は医者を目指し学業に専念中。
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サラ・マイアー(Sarah Meier)
美しいスピンとその美貌で人々を魅了するスイス出身の選手。84年生まれ。99-00シーズンからスイス選手権で7度の優勝を誇った。06-07シーズンにはGPシリーズ初優勝を果たした。GPファイナルでは3位となり、スイス女子シングル選手として初めて表彰台にあがった。07年と08年には欧州選手権で2位を獲得している。
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サーシャ・コーエン(Sasha Cohen)
高度な技巧と高い表現力を持つ、トリノオリンピック銀メダリスト。高い柔軟性を活かしたスパイラルシークエンスと優美なレイバックスピンが得意。84年アメリカ合衆国ロサンゼルス出身。02年のソルトレイクシティオリンピックで4位に入賞し、02-03シーズンのグランプリファイナルでも優勝を果たした。04年、05年の世界選手権では共に2位に入賞し、06年のトリノオリンピック女子シングルでは銀メダルを獲得した。06-07シーズン以降は主要競技会に出場せず、アイスショーを中心に活動していたが、 バンクーバーオリンピックに向けて09-10シーズンより復帰することを明らかにしている。
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アントン・シハルリドゼ(Anton Sikharulidze)
ソルトレイクシティオリンピック・ペア金メダリスト、長野オリンピック・ペア銀メダリスト。76年ロシア出身。92年マリア・ペトロワとペアを組み、 92-93年シーズンの世界ジュニア選手権で2位をとり、翌94年と95年の世界ジュニア選手権では連続優勝を果たした。96-97年シーズンにはエレーナ・ベレズナヤとペアを組み、欧州選手権で銅メダルを獲得。翌97-98年シーズンには欧州選手権とグランプリファイナルを制し、初出場となった長野オリンピックでは銀メダルを獲得。その後の世界選手権で初優勝を飾った。02年ソルトレイクシティオリンピックで金メダルを獲得。その後アマチュアを引退し、プロに転向した。
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ジェイミー・サレー(Jamie Sale)
ソルトレイクシティオリンピック・ペアの金メダリスト。77年、カナダ出身。99-00シーズン、デヴィッド・ペルティエとペアを組み四大陸選手権、カナダ選手権、スケートアメリカで1位に輝く。01年には世界フィギュアスケート選手権で優勝。ソルトレイクシティオリンピックでは金メダルを獲得し、その後プロに転向した。05年にペルティエと結婚した。
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ジェフリー・バトル(Jeffrey Buttle)
カナダを代表する男性フィギュアスケート選手。06年トリノオリンピック男子シングル銅メダリスト、08年世界選手権王者。その容姿や爽やかな笑顔などから女性ファンが多く、フィギュアスケート専門誌の企画「フィギュアスケート界で最も美しい人物」でトップ10に選ばれたこともある。 美しいスケーティングとエッジワークが持ち味。また、スピンや演技力にも定評がある。82年オンタリオ州生まれ。02年、04年四大陸選手権で優勝。2004-2005シーズンにはグランプリファイナル2位、05年世界選手権でも2位となった。2005-2006シーズンもグランプリファイナル2位となり、トリノオリンピックでは銅メダルを獲得した。その後は精彩を欠いたが、08年世界選手権で優勝を果たし、同年引退した。
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ジェレミー・アボット(Jeremy Abbott)
09年、10年と全米選手権を連覇したアメリカ期待の新鋭。コーチは90年代初頭に活躍した元選手・佐藤有香。85年コロラド州アスペン生まれ。05年に全米ジュニア選手権に優勝、注目された。06-07シーズンに全米選手権4位、さらに四大陸選手権で銅メダルを獲得し、さらなる脚光を浴びた。08-09シーズンにはアメリカ男子シングル選手として初めてGPファイナルに優勝、さらに全米選手権も制し、一気にオリンピック候補となった。09-10シーズンにはGPファイナルは4位だったものの、全米選手権を連覇してオリンピック代表に選ばれた。バンクーバ オリンピックではSP15位と出遅れに9位に終わった。
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ブライアン・ジュベール(Brian Joubert)
世界フィギュアスケート選手権優勝、ヨーロッパフィギュアスケート選手権では3回の優勝経験があるフランスのフィギュアスケート選手。安定感と高さを兼ね備えたジャンプが魅力。84年フランスのポワティエ出身。02-03シーズン、GPファイナルで3位に入り、世界選手権では6位となった。03-04シーズン、世界選手権はプルシェンコに次ぐ2位となった。06-07シーズン、コーチと振付師を変更すると、GPファイナル、欧州選手権、世界選手権など、エントリーしたすべての主要国際競技会で優勝した。09年世界選手権では3位入賞。
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ジョニー・ウィアー/ジョニー・ウェア(Johnny Weir)
中性的な容姿と芸術性の高い演技で世界中の女性から圧倒的な支持を得ているアメリカのイケメンフィギュアスケート選手。「氷上の王子様」と呼ばれる。06年トリノオリンピック5位、10年バンクーバーオリンピック6位。3度の全米王者にも輝く。滑らかなスケーティングや、優雅でしなやかな芸術性の高い演技を持ち味としている。84年ペンシルバニア州出身。01年世界ジュニア選手権で優勝し注目される。04年、05年、06年と全米選手権で3連覇を果たし、トリノオリンピック代表となった。オリンピックのショートプログラムで、自己ベストの80.00点を得点し2位につけたが、フリーで失速、総合では5位となった。07-08シーズンはグランプリシリーズの中国杯、ロシア杯で連続優勝を果たした。グランプリファイナルでは4位に留まったが、世界選手権では3位となり念願のメダルを手にした。 08-09シーズンはグランプリファイナルでは3位だったが全米選手権は5位に終わり、世界選手権の出場を逃した。09-10シーズンはグランプリファイナルで3位と2年連続銅メダルを獲得、全米選手権でも3位となり、バンクーバーオリンピック代表となった。フリーでも素晴らしい演技をみせ、NHKのアナウンサーも完璧な演技と叫んだが、なぜか6位に終わり観客席から大きなブーイングが起こった。
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村主章枝
豊かな表現力の持ち主で「氷上のアクトレス」と呼ばれる選手。荒川静香の長年のライバル。スピード感にあふれたスケーティングをする選手で、得意技のアップライトスピンは世界一の回転速度を誇っている。 80年、千葉県生まれ。ジュニア時代から長い活躍を続けており、全日本選手権ではこれまで10個のメダルを獲得、5度の優勝をしている。他にもソルトレイクシティオリンピック5位、トリノオリンピック4位、03年グランプリファイナル優勝、06年世界選手権2位といった輝かしい戦績を誇っている。 09-10シーズンは、フィンランディア杯7位、GP中国大会7位と不調だが、今後の復調が期待されている。
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鈴木明子
09年GPシリーズ中国大会優勝で一気にスターダムに躍り出た芸術派スケーター。バンクーバーオリンピック女子シングル日本代表。天真爛漫な笑顔とステップが魅力。85年、愛知県豊橋市出身。01-02シーズンにジュニア特別強化選手に指定され、JGPSBC杯で優勝、JGPファイナルでは3位となった。その後の全日本選手権では4位となり、四大陸選手権にも出場した。08-09シーズンでは開催国枠でNHK杯初出場を果たし、銀メダルを獲得。全日本選手権では4位に入り、7季ぶりに四大陸選手権に出場した。09-10シーズンでは、中国大会でグランプリシリーズ初優勝を飾り上位8人によるグランプリファイナルに出場3位となった。全日本選手権では浅田に次ぐ準優勝となり、バンクーバーオリンピックの出場権を得た。
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ステファン・ランビエール(Stephane Lambiel)
トリノオリンピック銀メダル獲得、世界選手権2連覇達成を成し遂げたスイスの実力派。スピンの安定感、早さ、ポジションの美しさには定評がある。バンクーバオリンピックは4位。85年スイスのマルティニ出身。04年の世界選手権では4位入賞、翌年の世界選手権ではスイスの男子シングル選手として58年ぶりの世界チャンピオンになった。05-06シーズン、グランプリファイナルで初優勝を果たし、トリノオリンピックでは銀メダルを獲得。続く世界選手権ではスイス選手初の2連覇を達成。06-07シーズンは様々な理由で棄権を繰り返すが、観客の声援を受け世界選手権に出場し、銅メダルを獲得。07-08シーズンのグランプリファイナルでは、ショートプログラム2位から逆転優勝を果たしたが、世界選手権では5位に終わる。08年、左足の不調から引退し、NGOの活動に尽力した。しかし09年には左足の痛みが緩和され、バンクーバーオリンピックの出場を表明。権利獲得のためにネーベルホルン杯に出場し、優勝した。オリンピックでは4位となり表彰台を逃した。
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イリーナ・スルツカヤ(Irina Slutskaya)
ソルトレイクシティオリンピック銀メダリスト、トリノオリンピック銅メダリスト。3回転ルッツ-3回転ループのコンビネーションジャンプを女子選手として史上初めて成功させた。79年ロシアモスクワ出身。95年の世界選手権で銅メダルを獲得。98年の長野オリンピックでは5位入賞に留まったが、直後の世界選手権では銀メダル獲得。00年のグランプリファイナルでは、女子フィギュアスケート史上初のコンビネーションジャンプを成功させ優勝。01年世界選手権は2位入賞。02年のソルトレイクシティオリンピックでは銀メダルを獲得し、直後の世界選手権では初優勝を果たした。04年の世界選手権は9位に終わったが、04-05シーズンはグランプリファイナルや世界選手権など6つの大会で優勝した。05年のグランプリファイナルは2位入賞、翌年のトリノオリンピックでは銀メダルを獲得した。
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高橋大輔
メダルの期待がかかる日本のフィギュアスケート界の第一人者。音楽を的確に掴み、情感あふれる演技を持ち味とする。86年岡山県出身。02年、世界ジュニア選手権で日本男子として初めての優勝を果たした。05-06シーズンには、初進出のグランプリファイナルで、日本人男子として初めて表彰台に立ち、銅メダルを獲得。続くトリノオリンピックでは8位入賞。06-07シーズンには、グランプリファイナルで日本人男子では過去最高の2位に輝き、世界選手権では日本男子史上最高位となる銀メダルを獲得。07-08シーズンのグランプリファイナルは2位入賞。08年の世界選手権ではミスを連発して総合4位に終わった。同年10月末に膝を損傷し、手術をしたが、リハビリを経て09年4月より練習を再開している。
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タチアナ・トトミアニナ(Tatiana Totmianina)
トリノオリンピックのペア金メダリスト。正確な技術に裏打ちされた美しい演技が持ち味。パートナーはマキシム・マリニン。81年ロシア生まれ。96ー97シーズンよりマリニンとペアを組み、01年の欧州選手権で初優勝を果たした(06年まで無敗)。その後ロシア選手権、GPファイナルなど名だたる大会で優勝を重ね、申雪・趙宏博ペアに次ぐ実力と評された。その後03年に申雪・趙宏博ペアを破って世界選手権で優勝し、世界のトップに君臨。04-05シーズンは着地ミスで大怪我をするも、見事復帰し、06年のトリノオリンピックで有終の美を飾り引退した。現在はプロスケーターとして活躍している。
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ティモシー・ゲーブル(Timothy Goebel)
アメリカ出身のソルトレイクシティオリンピック銅メダリスト。4回転ジャンプを得意とし、クワドキング(4回転の王)と称えられた。80年生まれ。98年史上初めて4回転サルコウを成功させ、翌年の世界選手権では4回転サルコウ-3回転トウループを決め、注目を浴びた。02年ソルトレイクシティオリンピックで4回転ジャンプを3度成功させ、銅メダルに輝いた。続く世界選手権でも銀メダルを獲得。02-03シーズンは右臀部を傷めたが世界選手権で2年連続の2位入賞。しかし、翌シーズンも翌々シーズンも万全の状態では迎えられず、05-06シーズンを最後に引退を表明した。
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デヴィッド・ペルティエ(David Pelletier)
ソルトレイクシティオリンピックペア金メダリスト、01年世界フィギュアスケート選手権ペアチャンピオン。妻であるジェイミー・サレーをパートナーとしている。74年カナダ出身。98-99年シーズンよりサレーとペアを組んだ。00年には2大会で優勝し、01年の世界フィギュアスケート選手権では優勝を果たした。02年、ソルトレイクシティオリンピックで金メダルを獲得し現役引退。現在はプロスケーターとして活動している。
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トマシュ・ベルネル(Tomas Verner)
チェコを代表するフィギュアスケート選手。スピンとステップのレベルの高さに定評がある。また、エキシビションなどで見せるユーモアあふれる演技も見もの。86年生まれ。01年より地元チェコで優勝を重ね、07年の欧州選手権の準優勝で一躍注目を浴びた。翌年遂に欧州選手権で強敵ジュベールやランビエールを下し、初優勝を果たした。
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中野友加里
世界選手権4位の実績を持ち、日本スケート連盟特別強化選手の1人である期待の星。スピン、特に“ドーナッツスピン”の評価は非常に高い。実力は認められているのだがトリノ、バンクーバーともう一歩のところでオリンピック代表を逃している。85年愛知県江南市出身。02-03シーズンの全日本選手権では、 3回転アクセル-2回転トウループに成功した。05-06シーズン、初出場のGPファイナルで3位入賞。しかし全日本選手権で5位にとどまり、トリノオリンピック出場は叶わなかった。続く世界選手権では5位入賞。06-07シーズンの全日本選手権では、初めて表彰台に上がる3位となった。07年世界選手権では開会式で選手宣誓を行い、5位に入賞。07-08シーズン、GPファイナルではトリプルアクセルを決め、世界選手権では4位に入賞した。しかし 08-09シーズンは、GPファイナル、全日本選手権共に5位に沈み、09年世界選手権の代表に選ばれなかった。09-10シーズンはジャパンオープンでトリプル・アクセルに挑んだが転倒し、左肩を亜脱臼。GPシリーズはフランス大会で3位となったがNHK杯では4位となり、GPファイナルへは出場できなかった。オリンピック候補を決定する全日本選手権ではSPで素晴らしい演技を見せ2位と好スタートを切ったが、フリーでの3回転ルッツのミスが響き、鈴木明子に僅か0.17点及ばず総合3位となり代表には選出されなかった。
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長洲未来
両親が日本人のアメリカフィギュアスケート界期待の新星。質のいいジャンプと高い柔軟性を活かしたスピンやスパイラルシークエンスに定評がある。93年、カリフォルニア州モンテベロ出身。06-07シーズンに全米ジュニア選手権で初出場で優勝し、初の国際大会となる世界ジュニア選手権でも銀メダルを獲得したことで大きな注目を浴びた。07-08シーズンには初出場した全米選手権で史上2番目の若さで優勝を果たし一気にバンクーバー・オリンピック候補に躍り出た。 09-10シーズンには全米選手権で2位となり、見事オリンピックのアメリカ代表に選出された。バンクーバー・オリンピックでは安藤らを抑え4位入賞という記録を残した。今後が期待される。
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南里康晴
08年の世界選手権出場で一躍注目を浴びたイケメン選手。パワフルで力強い演技が持ち味。地元福岡の明太子メーカーに所属。85年生まれ。06年07年に続けて出場した日本選手権で3位という好成績を残し、翌年も出場。その後熾烈な代表争いを勝ち抜き、08年の世界選手権への出場を果たした(結果19 位)。
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パトリック・チャン(Patrick Chan)
今後更なる活躍が期待される中国系カナダ人のフィギュア選手。バンクーバーオリンピックでは5位に入賞した。卓越したステップが持ち味。90年オンタリオ州オタワ生まれ。ジュニア時代から活躍しており、06-07シーズンは世界ジュニアで準優勝となった。シニア転向した07-08シーズンは08年GPシリーズのフランス杯で優勝を遂げた。さらにジェフリー・バトルを抑えて17歳の史上最年少でカナダ選手権を制した。08-09シーズンにはGPシリーズフランス杯を連覇、スケートカナダでも優勝を果たした。GPファイナルは5位となったが、カナダ選手権を連覇、世界選手権では銀メダルを獲得、一気にバンクーバーオリンピックのメダル候補に躍り出た。しかし09-10シーズンは不調でオリンピックは5位に終わった。
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エフゲニー・プルシェンコ(Evgeni Plushenko)
06年のトリノオリンピック金メダリストで、02年のソルトレイクシティと10年のバンクーバーのオリンピック銀メダリストである現在最高の実力者。 2001年、2003年、2004年世界選手権優勝者でもある。「4回転からの3連続コンビネーションジャンプ」を武器とし、世界で初めて様々なコンビネーションジャンプを成功させた。82年ロシア出身。98年の世界選手権で、史上最年少メダリストとなる華々しいデビューを飾った。99年世界選手権では 2位に輝き、01年の世界選手権では初優勝を遂げた。01-02シーズンのソルトレイクシティオリンピックでは、右足首を負傷しながらも銀メダルに輝く。そして03年と04年の世界選手権を2連覇。06年のトリノオリンピックでも圧倒的な実力で金メダルを獲得した。06-07シーズンは休養宣言。翌シーズンには復帰を発表したが以前から痛めていた膝の半月板の悪化により、この年の復帰は断念。09年春から議員やプロスケーターとしての予定を整理しながらアマチュア競技に復帰。09年11月のグランプリシリーズ・ロシア杯で優勝、存在感をアピールした。10年1月のヨーロッパフィギュアスケート選手権では歴代最高得点を更新、6回目の優勝を飾った。バンクーバーオリンピックではショートプログラムで1位につけた。4回転にこだわり、4回転無しの金メダルはありえないと4回転に挑戦、成功させたが、4回転を飛ばないエヴァン・ライサチェクに逆転され銀メダルに終わった。
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エレーナ・ベレズナヤ(Yelena Berezhnaya)
02年ソルトレイクオリンピックペア金メダリスト。個々の高いスケーティング技術と共に、ソロスピンやソロジャンプなどでの息のあった美しい演技が最大の武器。パートナーはアントン・シハルリドゼ。77年ロシア生まれ。98年の長野オリンピックで準優勝、世界選手権で優勝を果たし、一躍世界のトップに躍り出た。その後もロシア選手権4連覇、欧州選手権・GPファイナル優勝など実績を重ねた。しかし02年アマチュア引退を表明した。
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本田武史
全日本選手権で6度の優勝経験を持つ90年代の日本を代表するフィギュアスケート選手。02年、03年と2年連続世界選手権3位という記録を持つ。世界選手権3位は日本男子としては佐野稔以来25年ぶりの快挙だった。81年福島県郡山市出身。93-94シーズンの全日本選手権で男子シングル選手として史上最年少の優勝を果たした。96-97シーズンの全日本選手権でも優勝し、98年の世界選手権で自身初の4回転トウループに成功した。99-00シーズン、 00-01シーズンの全日本選手権でも優勝を飾った。01-02シーズンには日本人男子選手として初のグランプリファイナル進出を果たし、5位入賞。ソルトレイクシティオリンピックでは4位に入賞した。直後の世界選手権では3位となった。02-03シーズンの全日本選手権では5度目の優勝を果たし、世界選手権は3位入賞。04-05シーズンの全日本選手権でも優勝を飾り、05-06シーズンで引退した。現在はプロスケーターとして活動する傍ら、解説者や指導者も務めている。
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マキシム・マリニン(Maxim Marinin)
06年トリノオリンピックペア金メダリスト。パートナーはタチアナ・トトミアニナ。ペアとしてコンビネーションジャンプをいち早く取り入れた。77年生まれ、ロシア出身。当初はシングルだったが、95年に現在のパートナーとペアを結成した。00年頃から徐々に実力が認められ、02年欧州選手権で初優勝を飾った(以降5連覇)。翌年はGPファイナルを制し、04年には宿敵である申雪・趙宏博ペアを下し、世界選手権で優勝を果たした。その後パートナーのタチアナが大怪我を負ったものの、王者の意地を見せつけ、翌年の世界選手権も見事連覇。06年のトリノオリンピックで優勝し、アマチュアを引退した。
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ミシェル・クワン(Michelle Kwan)
世界フィギュアスケート選手権優勝5度の優勝を誇るアメリカの国民的大スターである中国系アメリカ人選手。一貫性とアーティスティックな表現力で史上最高の選手の一人といわれている。98年長野オリンピックの銀メダリスト、02年ソルトレイクシティオリンピックの銅メダリスト。80年カリフォルニア州出身。93-94シーズン、世界選手権に初出場し8位入賞。翌シーズンの同大会では4位に入賞した。95-96シーズンには世界選手権で優勝を果たす。しかし翌シーズン、新星リピンスキーに敗れグランプリファイナルや世界選手権は2位に終わった。97-98シーズンは、長野オリンピックで銀メダルを獲得し、世界選手権では2度目の優勝。98-99シーズンの世界選手権は2位に終わるが、翌シーズンには3度目の優勝を果たした。00-01シーズン、世界選手権で4度目の優勝。01-02シーズンは、グランプリファイナル2位入賞、ソルトレイクシティオリンピック銅メダル獲得。03年世界選手権で5度目の優勝を果たす。04年世界選手権は3位入賞で、翌年の世界選手権では4位に終わった。06年からは怪我が続き、トリノオリンピックも棄権した。
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村上佳菜子
日本のフィギュア界の将来を担う若手のホープ。天真爛漫な笑顔と高い技術力はかつての浅田真央を彷彿させる。09年のジュニアグランプリファイナルで優勝、ジュニアでは世界一となった。94年愛知県名古屋市出身。08年の全日本選手権では最年少ながら7位と検討した。伊藤みどり、浅田真央を育てた山田満知子コーチに指導を受けている。
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無良崇人
未来のエースとして期待がかかる日本フィギュア界の新星。 高橋・織田の後継者として今後が期待されている選手。 父は元フィギュアスケート選手の無良隆志で、彼のコーチでもある。 得意とするトリプルアクセルは世界でもトップレベルで、高さやパワフルさに定評がある。 また、見ている人を自分の懐に引きずりこむような迫力のステップも魅力。 91年、千葉県生まれ。 全日本ジュニア選手権では、毎年好成績を残しており、優勝1回、準優勝2回という輝かしい成績を誇る。 08-09シーズンからシニアクラスへと移行。 以後、フィンランディア杯で初出場初優勝、全日本選手権3位などの活躍を見せ、世界選手権初出場も果たしている。
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アレクセイ・ヤグディン(Alexei Yagudin)
02年のソルトレイクオリンピック金メダリストで、4回転トウループなどジャンプを得意とする名選手。特に3回転アクセルは「世界一美しいトリプルアクセル」と評されたことも。また00-01年にフリーの「グラディエーター」で踏んだ斬新なステップは「ヤグディンステップ」と呼ばれ、彼の代名詞となった。プルシェンコの最大のライバル。80年ロシア生まれ。98年の欧州選手権・世界選手権で初優勝を遂げ、一躍注目を集めた。その後99年・00年と世界選手権を3連覇、02年のソルトレイクオリンピックでは完成度の高い演技を披露し、文句なしの優勝を飾った。しかし翌年、持病の股関節疾患の悪化により、アマチュア引退を表明した。
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エヴァン・ライサチェク(Evan Lysacek)
世界選手権優勝、全米選手権でも優勝2回の経験を持つアメリカの実力派。バンクーバーオリンピックで金メダリストを獲得した。長身と長い手足を活かしたダイナミックな演技と、情熱的な表現力が持ち味。85年アメリカ合衆国シカゴ出身。05年世界選手権では、初出場ながら3位入賞。グランプリファイナルへの出場権を得るも、怪我のため棄権。トリノオリンピックでは4位入賞。06年世界選手権では銅メダルを獲得したが、そのシーズンのグランプリファイナルも怪我のため棄権。続く07年世界選手権では5位に入賞し、グランプリファイナルでは、3位に輝いた。そして08-09シーズン、世界選手権で初優勝を果たした。09-10シーズンにはGPファイナルで初優勝、全米選手権で2位となり、バンクーバーオリンピック代表となった。そしてバンクーバーオリンピックでは4回転を飛ばぬ安全策が功を奏し、プルシェンコを抑え優勝を果たした。
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レイチェル・フラット(Rachael Flatt)
いかにもヤンキー娘といったルックスとのりのいい演技で高い人気を誇るアメリカフィギュア界期待の星。92年カリフォルニア州出身。06-07シーズンに全米選手権ジュニアクラスで2位となり注目された。07-08シーズンには全米選手権でシニアクラスに出場して2位となり、さらに世界ジュニア選手権では初出場初優勝を果たした。08-09シーズンにはグランプリシリーズに参戦し、ロシア杯で2位となる活躍をみせ、全米選手権では2年連続2位となった。世界選手権でも5位となり、一躍世界でもトップクラスの仲間入りを果たした。09-10シーズンはグランプリシリーズのスケートアメリカで2位、全米選手権で優勝を果たし、バンクーバーへの切符を手に入れた。ベニー・グッドマンの「シング」にのせて見事な演技をみせ、オリンピックでは7位入賞を果たした。
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ラウラ・レピスト(Laura Lepisto)
4種類の3回転ジャンプを跳ぶことができるフィンランド期待の星。88年生まれ。06-07シーズン前半は怪我のため欠場が続いたが、復帰戦のフィンランド選手権で銀メダルを獲得。翌シーズンには自身初めてとなる3回転トウループ-3回転トウループに成功し、ISUグランプリシリーズスケートカナダのショートプログラムで首位に輝いた。08-09シーズンには欧州選手権でフィンランドに初めて金メダルをもたらした。09-10シーズンには欧州選手権で2位、グランプリシリーズ スケートカナダで3位となった。バンクーバー・オリンピックでは6位入賞を果たした。
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ジョアニー・ロシェット(Joannie Rochette)
09年の世界選手権で銀メダルを獲得したカナダ人選手。バンクーバー・オリンピックでは地元カナダの期待を一身に背負い、直前の母親の急死という不幸の中で銅メダルに輝いた。力強いジャンプとエレガントな滑りが持ち味。86年モントリオール出身。04-05シーズンのGPファイナルでは初出場ながら3位入賞し、カナダ選手権の3つのクラスで優勝を果たした。05-06シーズンのトリノオリンピックでは5位に入賞し、06年世界選手権でメダルが期待されるも、7位入賞にとどまった。08-09シーズンは好調で、GPファイナル4位入賞、四大陸選手権、世界選手権では銀メダルを獲得した。カナダの女子シングル選手で世界選手権の表彰台に上るのは、21年ぶりであった。地元カナダで開催されたバンクーバー・オリンピックで見事な演技を披露、キム・ヨナ、浅田に次ぐ高得点を挙げ見事銅メダルに輝いた。







