80年代歌舞伎役者

  • 七代目嵐徳三郎(葉村屋)

    女形から立役、色敵、花車役など幅広い役をこなし、上方色の濃い芸風が高い評価を受けていた歌舞伎役者。1933年生まれ。1956年、大谷ひと江の名で中座の『五十年忌歌念仏』お夏清十郎役で初舞台を踏む。1971年『隅田川続俤・法界坊』の野分姫で七代目嵐徳三郎を襲名。蜷川幸雄演出による『王女メディア』の主役に抜擢され、国内はもとより海外公演でも高く評価され、徳三郎生涯の当たり役となった。

  • 十一代目市川海老蔵(成田屋)

    歌舞伎だけに留まらず、ドラマ・映画にも精力的に出演する役者。歌舞伎では立役を務める。市川團十郎の長男。七代目市川新之助襲名を経て十一代目市川海老蔵。77年生まれ。鋭く光る大きな眼、鼻筋の通った男らしい容貌、よく通る声を兼ね揃えた市川宗家の御曹司。芸容の大きさと気迫溢れる演技は父譲りである。83年に歌舞伎座『源氏物語』・春宮役で初お目見得。85年には『外郎売』・貴甘坊役で七代目市川新之助を名のり初舞台。04年歌舞伎座『暫』・鎌倉権五郎役ほかで十一代目市川海老蔵を襲名。同年パリ国立シャイヨー劇場で襲名披露し、フランス芸術文化勲章シュヴァリエ章を受賞するに至った。一方テレビでは、03年大河ドラマ『武蔵 MUSASHI』で主演・宮本武蔵を演じ、周囲の期待を大きく上回る演技力を見せている。

  • 三代目市川猿之助(澤瀉屋)

    古劇の復活やスーパー歌舞伎の創造など、多彩な芸術活動で現代の歌舞伎に多大な貢献を残した役者。1939年生まれ。47年『二人三番叟』の附千歳で初舞台を果たす。『吉野山』の忠信、『黒塚』の鬼女などで63年に三代目市川猿之助を襲名。88年から始めたスーパー歌舞伎は、バク転や宙吊りなどのアクロバティックな演技や派手な演出を取り入れ、古典芸能と化していた歌舞伎に新風を巻き起こした。2000年紫綬褒章受賞。03年に脳梗塞を発症して以来、舞台から退いているが、演出面からの活動を続けている。

  • 六代目市川男女蔵(滝野屋)

    菊五郎劇団の若手ホープの一人。立役を務める。67年生まれ。市川男女蔵の屋号は瀧野屋である。73年に歌舞伎座『酒屋』のお通役で初お目見得し、同年に国立劇場奨励賞を受賞。その後、六代目市川男寅を名乗り74年の初舞台では歌舞伎座『燈台鬼』・(少年時代の)道麻呂を演じた。03年に六代目市川男女蔵を襲名し、歌舞伎座『暫』・成田五郎を演じた。

  • 二代目市川亀治郎(澤瀉屋)

    いま最も注目されている若手花形のホープのひとり。1975年生まれ。市川段四郎の長男。女形、立役。役柄の広さは若手の中で随一と評判がある。舞伎座『義経千本桜』の安徳帝役で初お目見得。83年に歌舞伎座『御目見得太功記』の禿(かむろ)たよりで二代目市川亀治郎を名のり初舞台を飾った。時代物の『加賀見山旧錦絵(かがみやまこきょうのにしきえ)』のお初役、世話物の『白浪五人男』の弁天小僧菊之助、さらには和事の『封印切』の忠兵衛役と梅川役など、東西、男女を問わず挑戦する新鮮な魅力の持ち主。また、ロンドン、アムステルダム公演で海老蔵と踊った『色彩間苅豆』では英国ローレンス・オリビエ賞最優秀ダンス賞にノミネートされており、世界的にも名を知られている。さらにNHK大河ドラマ『風林火山』で武田信玄役としてテレビドラマに初出演。映像出演も増えている。

  • 七代目市川新之助(成田屋)

    歌舞伎だけに留まらず、ドラマ・映画にも精力的に出演する役者。歌舞伎では立役を務める。市川團十郎の長男。七代目市川新之助襲名を経て十一代目市川海老蔵。77年生まれ。鋭く光る大きな眼、鼻筋の通った男らしい容貌、よく通る声を兼ね揃えた市川宗家の御曹司。芸容の大きさと気迫溢れる演技は父譲りである。83年に歌舞伎座『源氏物語』・春宮役で初お目見得。85年には『外郎売』・貴甘坊役で七代目市川新之助を名のり初舞台。04年歌舞伎座『暫』・鎌倉権五郎役ほかで十一代目市川海老蔵を襲名。同年パリ国立シャイヨー劇場で襲名披露し、フランス芸術文化勲章シュヴァリエ章を受賞するに至った。一方テレビでは、03年大河ドラマ『武蔵 MUSASHI』で主演・宮本武蔵を演じ、周囲の期待を大きく上回る演技力を見せている。

  • 四代目市川段四郎(澤瀉屋)

    骨太の芸で荒事や丸本物の敵役などを得意とする立役。1946年生まれ。三代目市川段四郎の次男。古風な芸風であり、渋く苦みのある容姿と声が魅力である。舞台では一座の副将として兄・三代目市川猿之助を助けている。 57年に初代市川亀治郎の名で歌舞伎座『熊野』・女童役で初舞台。63年には四代目市川團子を襲名し、歌舞伎座『雪月花三重暗闘(せつげつかみえのだんまり)』沙那王役を演じる。69年には四代目市川段四郎を襲名し、歌舞伎座『根元草摺引』・五郎役を演じた。

  • 十二代目市川團十郎(成田屋)

    家の芸の歌舞伎十八番はもとより荒事、世話物、義太夫狂言、新歌舞伎と多彩な役々を演じ分ける歌舞伎界の重鎮。パリ・オペラ座での史上初の歌舞伎公演を成功させるなど歌舞伎界へ大きな貢献を果たしている。九代目市川海老蔵(十一代目市川團十郎)の長男。華があり、骨太な芸格が魅力。1946年生まれ。1953年、歌舞伎座にて『大徳寺』の三法師公で市川夏雄を名のり初お目見得。 1958年、歌舞伎座『風薫鞍馬彩(かぜかおるくらまのいろどり)』の牛若丸で六代目市川新之助を襲名。1969年、歌舞伎座『助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)』の助六などで十代目市川海老蔵を襲名。1985年に歌舞伎座『勧進帳』の弁慶役、『助六』の助六ほかで十二代目市川團十郎を襲名した。白血病で一時療養生活に入るも、克服して復帰。2007年には『パリ オペラ座 松竹大歌舞伎』を公演し、フランス政府よりフランス芸術文化勲章コマンドゥール章、同年紫綬褒章を受賞している。

  • 十七代目市村羽左衛門(橘屋)

    人間国宝に認定され、「歌舞伎の生字引」とまで呼ばれた歌舞伎界の重鎮。1916年生まれ。1921年に帝国劇場『名月八幡祭』の鶴吉で初舞台を果たす。当り役は、『鼠小紋東君新形』の与惣兵衛、『伽羅先代萩』の仁木弾正・渡辺外記などがある。派手ではないが、模範となるような、堅実な芸風が評判だった。 1955年に歌舞伎座『名橘誉石切』十七代目市村羽左衛門を襲名。1978年に紫綬褒章、1983年に日本芸術院賞を受賞している。

  • 二代目市村萬次郎(橘屋)

    行儀のいい演技が持ち味の十七代目市村羽左衛門の次男。女方。1949生まれ。1955年歌舞伎座『土蜘』の石神で五代目市村竹松を名のり初舞台。 1972年、歌舞伎座『暫』の照葉ほかで二代目市村萬次郎を襲名し、名題昇進。82年と84年に国立劇場奨励賞、92年と94年に国立劇場優秀賞を受賞。また、外国語による解説をつけた外国人のための歌舞伎教室を開催するなど、歌舞伎を広める活動に熱意を見せている。

  • 八代目大谷友右衛門 (明石屋)

    すらりとした品のよい容姿と、おっとりとした優しげな身のこなしが人気の役者。49年生まれ。59年、『勧進帳』の大谷広太郎の名で太刀持として初舞台を踏む。64年、歌舞伎座『ひと夜』の康二で八代目大谷友右衛門を襲名した。77年と79年に国立劇場奨励賞を受賞している。

  • 七代目尾上菊五郎(音羽屋)

    女方や二枚目、色悪、立役から座頭役まで幅広い演技を持つ歌舞伎役者。江戸前の颯爽とした芸風と美しい容姿と美しくよく通る声が魅力的である。42年生まれ。七代目尾上梅幸の長男。現在は菊五郎劇団を統率し、古典歌舞伎の継承を推進と後進の指導育成にも尽力している。 48年に五代目尾上丑之助を名のり、『助六曲輪菊(すけろくくるわのももよぐさ)』・禿(かむろ)役で初舞台を果たす。65年には四代目尾上菊之助を襲名し、歌舞伎座『寿曽我対面』・十郎役を演じる。73年に七代目尾上菊五郎を襲名し、歌舞伎座『弁天娘女男白浪』・弁天小僧菊之助役、『京鹿子娘道成寺』白拍子花子役を演じた。85年には芸術選奨文部大臣賞を受賞、86年日本芸術院賞、01年読売演劇大賞優秀男優賞等を経て、05年には人間国宝認定を受けた。

  • 五代目尾上菊之助(音羽屋)

    みずみずしく輝くような美貌と清潔感のある色気が人気の、歌舞伎界の若手ホープ。若女形と二枚目を得意とし歌舞伎の古典を継承する傍ら、海外の戯曲との融合を試みるなど新たな芸術の創造にも意欲的だ。1977年生まれ。1984年に『絵本牛若丸』の牛若丸で六代目尾上丑之助を名のり初舞台を踏み、1996 年に歌舞伎座『白浪五人男』の弁天小僧ほかで五代目尾上菊之助を襲名した。2005年、シェイクスピアの戯曲『十二夜』を歌舞伎化した『NINAGAWA 十二夜』を演出家・蜷川幸雄と共に創造。国内だけでなく英国でも高い評価を受けた。

  • 四代目尾上松禄(音羽屋)

    これからの歌舞伎界を背負って立つ若手スターの一人。かっきりとした清潔な芸風と、男っぽい闊達で豪快な雰囲気を持つ。1975年生まれ。1980年国立劇場『山姥』の怪童丸で初お目見得し、翌年、歌舞伎座『幡随長兵衛』の長松で二代目尾上左近を名のり初舞台。1991年に歌舞伎座『対面』の五郎ほかで二代目尾上辰之助を襲名し、2002年歌舞伎座『勧進帳』の弁慶、『蘭平物狂(らんぺいものぐるい)』の蘭平ほかで四代目尾上松緑を襲名した。また、 1985年に国立劇場特別賞、1987年と1999年には松竹社長賞、さらには1989年には国立劇場奨励賞を受賞するなど、多くの受賞歴がある。

  • 六代目片岡愛之助(松嶋屋)

    甘いマスクを生かし、女方や二枚目に定評のある歌舞伎役者。72年生まれ。現在は立役を務める機会が多い。小悪党、色悪も器用にこなす姿に、最近は東京でもファンが急増中である。"ラブリン"と呼ばれる事も。また、平成若衆歌舞伎メンバーの一員であり、歌舞伎の伝統と現代演劇の新味を融合させた舞台活動にも資力的に取り組んでいる。81年に片岡千代丸を名乗り、京都南座『勧進帳』で初舞台。93年に片岡秀太郎の養子となり六代目片岡愛之助を襲名。大阪・中座『勧進帳』・駿河次郎役を演じる事になった。08年には上方舞・楳茂都流の四代目家元を継承し、三代目楳茂都扇性を襲名した。

  • 五代目片岡我當(松嶋屋)

    関西歌舞伎の復興に力を注いだことで知られる歌舞伎役者。立役や荒事、敵役、老役などをこなし、堂々とした体躯と張りのある口跡を持つ堅実な芸風が特徴。 1935年に十三代目片岡仁左衛門の長男として誕生。5歳の時、大阪・歌舞伎座『堀川』のおつるで片岡秀公を名のり初舞台。1971年大阪新歌舞伎座で『桜時雨』の三郎兵衛、『二月堂』の良弁で五代目片岡我當を襲名。その後、関西歌舞伎の復興に活躍し、大阪府民劇場賞を受賞する。1998年、眞山青果の『大石最後の一日』の堀内伝右衛門の声涙下る情味あふれる演技が圧巻。眞山青果賞大賞を受賞している。

  • 初代片岡進之介(松嶋屋)

    二枚目の役を多く演じている五代目片岡我當の長男。毎年6月に父・我當とともにの関西歌舞伎教室巡演に参加している。1967年生まれ。1971年、大阪新歌舞伎座『さくら時雨』の禿(かむろ)で片岡進之介を名のり初舞台。また、1974年に国立劇場特別賞、1987年には眞山青果賞新人賞を受賞した。

  • 初代片岡孝太郎(松嶋屋)

    女方としてめざましい活躍を見せている歌舞伎役者の一人。気品があり、格調の高い芸風で、落ち着いた演技が魅力。お姫様や娘役は以前から高い評価を受けているが、近年は世話女房役や女武道といわれる強い女の役での評価も高い。1968年生まれ。1973年、歌舞伎座『夏祭』の市松で片岡孝太郎を名のり初舞台を演じ、1994年には名題昇進した。1987年、眞山青果賞新人賞を、1993年には歌舞伎座賞などを受賞している。また、1991年にはNHK大河ドラマ『太平記』で足利義詮役を、2003年には『白い巨塔』にて佃友博を好演するなど、俳優としても活躍。

  • 十三代目片岡仁左衛門(松嶋屋)

    東西の枠を越えて日本の歌舞伎界を支えてきた役者。1903年生まれ。1924年に四代目片岡我當を襲名。1932年から松竹・新宿第一劇場で青年歌舞伎を結成し座頭をつとめるなど東京歌舞伎に積極的に貢献した。1939年、関西歌舞伎に移転し、1951年には片岡仁左衛門を襲名。当時、凋落著しかった上方歌舞伎の現状を憂いた仁左衛門は、1962年から私財を投じて「仁左衛門歌舞伎」の自主公演を行うなど、伝統の灯火を守ることに力を尽くした。年齢と共に芸が深化し、晩年の品格高い演技を賞賛する者は今も少なくない。1972年、重要無形文化財各個指定。白内障に蝕まれ最晩年にはほとんど失明していたものの舞台への情熱が冷めることはなく、亡くなる3ヶ月前まで公演を続けていた。

  • 十五代目片岡仁左衛門(松嶋屋)

    現代の歌舞伎界を代表する名役者。すらりと伸びた背の高さとすっきりした容姿と美貌を持ち、義太夫狂言の主役から荒事、二枚目、色悪までこなす芸の多彩さが魅力。1944年生まれ1949年『夏祭浪花鑑』の市松で、片岡孝夫として初舞台を踏む。1964年『女殺油地獄(おんなごろしあぶらのじごく)』の与兵衛が出世芸となる。1993年に大病に臥し、一年間の休演するも無事克服した。病後も歌舞伎への情熱は衰えず、1998年『吉田屋』の伊左衛門、『助六曲輪初花桜(すけろくくるわのはつざくら)』の助六ほかで十五代目片岡仁左衛門を襲名した。2006年紫綬褒章受賞。

  • 二代目片岡秀太郎(松嶋屋)

    上方歌舞伎を代表する女方を演じる歌舞伎役者。芝居の巧さと色気のある美しさに定評がある。1941年生まれ。1946年南座『吉田屋』の禿(かむろ)で片岡彦人の名で初舞台。1956年大阪・歌舞伎座『河内山』の浪路で二代目片岡秀太郎を襲名した。1987年、1994年には国立劇場優秀賞を、1999 年には松尾芸能賞優秀賞など、数多くの賞を受賞。また、関西歌舞伎塾の講師として上方歌舞伎の人材育成にも努めている。

  • 五代目河原崎国太郎(山崎屋)

  • 三代目河原崎権十郎(山崎屋)

    響き渡る声で知られた、歌舞伎界の重鎮。年を重ねる毎に渋みが加わり、主役から脇役まで幅広くこなした。1918年生まれ。35年三代目河原崎薫として「二人道成寺」で初舞台を踏んだ。46年「六歌仙容彩・喜撰」で三代目河原崎権三郎を襲名。その後は菊五郎劇団に身を置き、二枚目役をはじめ広い役柄を演じ、絶大な人気を博した。56年「身替座禅」の太郎冠者などで三代目河原崎権十郎を襲名。代表作は「青砥稿花紅彩画」(白浪五人男)浜松屋幸兵衛役。98 年、急性心不全により80歳で死去した。

  • 四代目河原崎権十郎(山崎屋)

    若々しい風貌と真面目で規格正しい演技、よく通る声が持ち味の歌舞伎役者・俳優。歌舞伎では気性の激しい荒若衆役に定評がある。54年生まれ。60年に明治座『土蜘』・石神役で初お目見得。61年には歌舞伎座『口上』で坂東正之助を名のり初舞台を果たす。この時期にはドラマ・映画にも精力的に出演していた。『白い巨塔(1978年)』や『よーいドン(1982年)』等に出演、その中で第一外科医局員江川役を演じた事で人気を博した。03年には四代目河原崎権十郎を襲名し、歌舞伎座『極付幡随長兵衛』・水野十郎左衛門役を演じた。

  • 六代目澤村田之介(紀伊国屋)

    人間国宝にも認定されている、六代目菊五郎と梅幸の薫陶を受けた正統派の女方。役の解釈が深く確かで、コクのある芸が魅力の役者である。1932年に五代目澤村田之助の長男として誕生。1941年、歌舞伎座で『伽羅先代萩』の鶴千代、『高時』泰松で四代目澤村由次郎を名乗り初舞台。その後『小袖曽我薊色縫』の寺塚求女役で演劇界賞受賞。1964年に歌舞伎座『矢口渡』のお舟ほかで六代目澤村田之助を襲名。現在では江戸の闇の匂いがする汚れ役、時代物の片はずしの役、老け役などと、永年積み重ねた実力と芸域の広さで引っ張りだこの存在である。

  • 三代目實川延若(河内屋)

    上方歌舞伎にも江戸歌舞伎にも通じる器用さを持ちながら、その芸風を理解される事なく世を去った不遇の役者。1921年生まれ。1927年に中座で初舞台を踏む。1934年『生立曽我』の曽我十郎などで二代目實川延二郎を襲名。大阪で娘形、若衆役を本領として研鑽を積むが、上方歌舞伎の衰退とともに東京に活動の場を移していく。先輩の芸や上方独自のやり方、江戸歌舞伎の良さを熟知した上で、自分の工夫で役を作ることを大切にする芸風を貫くが、東京で理解される事は少なく、不遇の人生を送る。1963年に『封印切』の忠兵衛、『須磨の写絵』の行平で三代目實川延若を襲名、上方歌舞伎の伝統を伝える貴重な存在だったが、その実力を正統に評価されることなく1985年に病に倒れ、帰らぬ人となった。同年、紫綬褒章を受賞している。

  • 六代目中村歌右衛門(成駒屋)

    生涯、歌舞伎の女形に身を徹し、戦後最高峰と言われた役者。人間国宝にも認定されている。1917年に五代目中村歌右衛門の次男として生まれる。娘形、姫、片外しなどあらゆる女形をこなした。当たり役には『京鹿子娘道成寺』の白拍子花子、『東海道四谷怪談』のお岩、『祗園祭礼信仰記(金閣寺)』の雪姫、『鎌倉三代記・絹川村』の時姫、『本朝廿四孝・十種香』の八重垣姫などがある。1963年に史上最年少で日本芸術院会員となり、その後も文化功労者、文化勲章、勲一等瑞宝章を授与されている。また、英国のエリザベス女王が来日した際に公演を行うなど、歌舞伎文化の海外への紹介にも貢献した。

  • 二代目中村魁春(加賀屋)

    どこか初々しさのある、気品と格調のあふれる女形が人気の役者。1944年生まれ。中村歌右衛門の養子となり、1952年歌舞伎座『蜘蛛の拍子舞』の翫才で加賀屋橋之助を名のり初舞台。1963年『絵本太功記』の初菊、『忠臣蔵』の小浪ほかで五代目中村松江を襲名した後、2004年『将門』の滝夜叉姫、『本朝廿四孝』の八重垣姫で二代目中村魁春を襲名した。

  • 五代目中村歌六(萬屋)

    若衆、立役を得意とする実力派役者。どんな役でも口跡の良さと歯切れのいいセリフで定評があり、最近では老け役の他、女方、敵役など様々な役をこなしている。1950年生まれ。1955年、『夏祭浪花鑑』の倅(せがれ)市松ほかで四代目中村米吉(よねきち)を名のり初舞台。1976年、『一條大蔵譚』の大蔵卿で五代目中村歌六を襲名した。

  • 十七代目中村勘三郎(中村屋)

    女形・立役をともにこなし、戦後の歌舞伎界の復興に力を尽くした名俳優。三代目中村歌六の三男として1909年に生まれる。1916年、『花川戸噂の俎板』の倅長松で三代目中村米吉を襲名して初舞台を踏む。1950年、十七代目中村勘三郎を襲名し、新たに中村屋を創設。六代目菊五郎と初代吉右衛門の芸風を吸収し、種別を問わない広い芸を身に着け、女形出身らしい柔らかな味わいと人情味で人気を博した。1975年、人間国宝指定、1980年、文化勲章受章。1988年になくなるまで通算800役以上を勤めた記録は、ギネスブックに登録されているという。

  • 十八代目中村勘三郎(中村屋)

    上方狂言・時代物などの古典から新作まで何でもこなす圧倒的な芸の力とオーラで見るものを引き付ける当代きっての名役者。加え平成中村座や、古典演目を新たな演出で上演する「コクーン歌舞伎」を立ち上げるなど野心的な行動でも知られ、歌舞伎界に新たな風を吹き込んでいる。特に04年「夏祭浪速鑑」・07年「法界坊」といった平成中村座のニューヨーク公演は、地元メディアや観客から大絶賛された。1955年生まれ。59年に五代目中村勘九郎として「昔噺桃太郎」の桃太郎役で初舞台を踏んだ。05年に父の名跡である十八代目中村勘三郎を襲名。紫綬褒章他数多くの賞を受賞しており、歌舞伎界への貢献と芸の高さは高く評価されている。また歌舞伎以外にも、演劇・映画・ドラマなど数多く出演している。

  • 五代目中村翫雀(成駒屋)

    立役・女方ともにこなす幅広い芸域が魅力の役者。近年は上方歌舞伎の継承にとり組み、『曾根崎心中』の徳兵衛は屈指の当たり役だった。父・四代目坂田藤十郎の当たり役だった『心中天網島』の紙屋治兵衛や『封印切』の忠兵衛なども次々と演じて成果を挙げている。1959年生まれ。1967年『紅梅曾我』の一萬丸で中村智太郎(ともたろう)を名のり初舞台を踏んだ。1995年『封印切』の忠兵衛ほかで五代目中村翫雀を襲名した。

  • 二代目中村鴈治郎

    父親ゆずりの二枚目を遺憾なく発揮し、立役から女形まで幅広い芸域と映画・テレビなど様々な場で活躍した歌舞伎昭和の大や役者。1902年に、「頬冠りの中に日本一の顔」と呼ばれた関西劇壇の覇者・初代中村鴈治郎の息子として生まれる。1935年に父を亡くしてからは若手一番の有望株として注目されてきた。父親似の美形から青年時代は「お父っつぁんそっくり」の熱演で人気を集めたが、劇評家の武智鉄二などから自分の芸風を作るように厳しく批判され、初代があまりやらなかった女形を内面的に深める演技に徹するようになっていった。1941年に二代目中村翫雀を、1947年に二代目中村鴈治郎を襲名。 1952年の近松門左衛門の『曾根崎心中』は大人気を博し、生涯の当たり役となった。60年代から上方歌舞伎が凋落著しくなると、周囲の期待の重圧と興行方針をめぐる松竹との軋轢などから、歌舞伎役者から映画、テレビにて活躍するようになる。『小早川家の秋』(小津安二郎監督)『どん底』(黒沢明監督)などに出演し、多大な実績を残した。晩年は関西を離れ東京歌舞伎と座を共にすることが多くなり、上方和事の真髄とも言われ高く評価された。人間国宝 (1967年)、紫綬褒章受賞(1968年)、文化功労者(1980年)など数々の賞を受賞した。1983年死去、同時に正四位勲二等瑞宝章が追贈された。

  • 二代目中村吉右衛門(播磨屋)

    現代歌舞伎を代表する立役の一人で、堂々たる体躯と陰影に富む演技が特徴。義太夫狂言、時代物、世話物から新歌舞伎、喜劇にいたるまで全てのジャンルで高い評価を得ている。『勧進帳』や『義経千本桜』などでの武蔵坊弁慶役が十八番である。他にも『仮名手本忠臣蔵』の大星由良之助などが当たり役として知られている。1944年に八代目松本幸四郎(初代白鸚)の次男として誕生。1948年東京劇場『俎板長兵衛』の長松ほかで中村萬之助を名のり初舞台。1966 年帝国劇場『金閣寺』の此下東吉ほかで二代目中村吉右衛門を襲名。外祖父の初代吉右衛門と祖父の七代目松本幸四郎の両名の当たり役を継承しながらも時代劇物のテレビドラマにも多く出演。『鬼平犯科帳』には原作者の池波正太郎原から直々の依頼を得て長谷川平蔵役として登場した。

  • 七代目中村芝翫(成駒屋)

    名実ともに歌舞伎界のリーダー。品格、風格が漂う規矩正しい端正な芸が魅力。1928年生まれ。1933年歌舞伎座『桐一葉』の女童で四代目中村児太郎を名のり初舞台。1940年から六代目菊五郎に師事し、翌年、歌舞伎座『忠臣蔵』九段目の小浪ほかで七代目中村福助を襲名した。1967年歌舞伎座『鏡獅子』ほかで七代目中村芝翫を襲名。また、1989年芸術選奨文部大臣賞、1993年に眞山青果賞大賞などを受賞。1996年には人間国宝に認定された。

  • 二代目中村獅童(萬屋)

    歌舞伎にとどまらず、映画・ドラマなど他ジャンルに積極的に挑戦する若手ホープ。多彩な活動を通して新たな歌舞伎ファンを開拓している。1972年生まれ。1981年、『妹背山婦女庭訓』にて初舞台を踏む。当初から二代目中村獅童を名乗る。1983年『春日局』竹千代役で脚光を浴びた。2003年に『義経千本桜』『毛抜』にて初の主演を務めている。映画俳優としては、2002年に『ピンポン』のドラゴン役でゴールデン・アロー賞、日本アカデミー賞など新人賞計5冠を受賞し注目を集めた。『いま、会いにゆきます』や『レッドクリフ』などの話題作にも出演、一作ごとに異なる役柄をこなしイメージを刷新し続けている。また映画で注目を集めてからはドラマでも数多く起用され、『木更津キャッツアイ』(2002年)や『新選組!』(2004年)などに出演、時代劇からコメディまでこなす実力派として人気を集めている。

  • 七代目中村芝雀(京屋)

    次代の歌舞伎を担う女方の一人。以前から定評のある時代物の赤姫はもちろん、世話物の町娘も可憐で美しい。1961年、歌舞伎座『一口剣』の村の子広松で大谷広松を名のり初舞台。1964年には、歌舞伎座『妹背山婦女庭訓』のおひろで七代目中村芝雀を襲名した。1983、1990、1991、2001年に国立劇場優秀賞を、1986年には国立劇場奨励賞、1999年には松竹会長賞を受賞するなど、数多くの受賞歴を持つ。

  • 四代目中村雀右衛門(京屋)

    現代の歌舞伎界を背負って立つ立女方。若衆や二枚目の修行を経て女方に転じた。十一代目團十郎の相手役として演じた『彦山権現誓助剣』・毛谷村のお園役で人気を博した。濃艶な芸と格調、芸格の大きさが大きな魅力である。1920年生まれ。 27年に市村座『幼字劇書初』・桜丸役で大谷廣太郎を名のり初舞台。48年には七代目大谷友右衛門を襲名し『扇屋熊谷』・平敦盛役を演じた。その後女方に転じ、64年にはで四代目中村雀右衛門を襲名し、歌舞伎座『金閣寺』・雪姫役を演じた。84年には紫綬褒章を受賞し、91年には重要無形文化財保持者(人間国宝)の認定を受けた。謙虚でひたむきな舞台への情熱と誠実な人柄は、今もなお多くのファンの心を掴んでいる。

  • 二代目中村扇雀(1991~三代目中村鴈治郎、2005~四代目坂田藤十郎)

    立役でも女方でも独特の柔らかみと芳醇な色気、華のある若々しい芸で魅せる現代歌舞伎を代表する俳優の一人。念願だった歌舞伎の大名跡襲名を実現し、名実共にリーダーとして歌舞伎を牽引している。1931年、二代目中村鴈治郎の長男として誕生。41年に大阪・角座『山姥』の金時で二代目中村扇雀を襲名し初舞台を踏む。その後250年ぶりに復活された『曾根崎心中』のお初が絶賛。扇雀ブームを起こした。東宝専属俳優になった翌年には宝塚スターの扇千景と結婚。そして近松門左衛門作品を原点から勉強し直すべく劇団『近松座』を結成した。91年、歌舞伎座にて『廓文章・吉田屋』の伊左衛門、『心中天網島・河庄』の治兵衛で三代目中村鴈治郎を襲名。その名でイギリスでの『曾根崎心中』を、 韓国(ソウル・釜山)で『曾根崎心中』『棒縛り』を上演するなど海外でも好高評価を得た。 05年には京都・南座顔見世にて十種香の八重垣姫、曽根崎心中のお初、由縁の月の伊左衛門で上方歌舞伎の大名跡・四代目坂田藤十郎を襲名。今でもなお若々しい舞台に誰もが驚かされている。

  • 三代目中村扇雀(成駒屋)

    気品のある美しい顔立ちの歌舞伎役者。若女方。初々しさに近代的知性を兼ね備えた演技に定評がある。最近は立役にも挑戦し、芸域を拡げつつある。1967 年、歌舞伎座『紅梅曾我』の箱王丸で中村浩太郎(ひろたろう)を名のり初舞台。1996年、大阪・中座『本朝廿四孝』の八重垣姫ほかで三代目中村扇雀を襲名した。1969年に国立劇場特別賞を、1988年とに2回と1989年に十三夜会賞奨励賞を受賞している。

  • 六代目中村東蔵(加賀屋)

    時代物から世話物まで立役・女方ともにさりげなくこなせる実力者。1938年生まれ。1961年『加賀見山旧錦絵』の谷沢主水ほかで三代目中村玉太郎を名のって歌舞伎の初舞台を踏んだ。1967年『根元草摺引』の五郎ほかで六代目中村東蔵を襲名した。

  • 五代目中村時蔵(萬屋)

    天性の美貌と艶のある声、気品を備えた女方として、古典歌舞伎の王道をゆく次代を担う女形の一人。1955年、四代目中村時蔵の長男として誕生。1960 年歌舞伎座にて『八重桐廓噺・嫗山姥』の童ほかで三代目中村梅枝を名のり初舞台。1981年歌舞伎座『妹背山婦女庭訓』のお三輪ほかで、五代目中村時蔵を襲名し名題昇進。時代物の格調ある赤姫から、位と重みのある片はずしまで幅広い役を演じ、古風な風姿によく似合っている。

  • 五代目中村富十郎(天王寺屋)

    天才級の踊りで、数々の名舞台を残してきた歌舞伎役者。立役。明晰な口跡と、鮮明で美しい動き、間の上手さに定評がある。近年は渋く抑えた芸で、情の深い老け役も演じている。1929年生まれ。1943年、大阪中座『鏡獅子』の胡蝶で四代目坂東鶴之助を名のり初舞台。1964年、歌舞伎座『頼朝の死』の畠山重保ほかで六代目市村竹之丞を襲名し、1972年に歌舞伎座『逆櫓』の樋口と『娘道成寺』で五代目中村富十郎を襲名した。1985年と2003年に眞山青果賞大賞を、1990年に紫綬褒章を受賞するなど数多くの受賞歴を持つ。さらに1994年には、人間国宝に認定された。

  • 三代目中村橋之助(成駒屋)

    長身と華のある二枚目を生かし、スケールの大きな舞台を得意とする立役。平成中村座やコクーン歌舞伎など新たな試みを取り入れた劇場にも意欲的に挑戦している。『武田信玄』(1988年)や『毛利元就』(1997年)など大河ドラマや時代劇などにも積極的に出演し、お茶の間での知名度も高い。1965年生まれ。1970年『柳影沢蛍火(やなぎかげさわのほたるび)』の吉松君で中村幸二の名で初舞台。1980年『沓手鳥孤城落月(ほととぎすこじょうのらくげつ)』の裸武者石川銀八ほかで三代目中村橋之助を襲名した。

  • 四代目中村梅玉(高砂屋)

    品格の高さ、凛々しさが持ち味の歌舞伎役者。立役を務める。46年生まれ。『勧進帳』判官義経や『一谷嫩軍記』敦盛、『菊畑』虎蔵など、"悲運の貴公子" 役において彼の右に出るものはいない。 56年には六代目中村歌右衛門の養子となり、歌舞伎座『蜘蛛の拍子舞』・福才役で加賀屋福之助を名のり初舞台を果たす。67年には八代目中村福助を襲名し、歌舞伎座『絵本太功記』・十次郎役と『吉野川』・久我之助役を演じた。92年には四代目中村梅玉を襲名し、歌舞伎座『金閣寺』・此下東吉役を演じた。 07年には紫綬褒章を受章している。

  • 九代目中村福助(成駒屋)

    上品な美貌の中に芯の靱さを秘め、格調高い役々に定評がある若女方。成駒屋の芸を継承する重責がかかっている。1960年七代目中村芝翫の長男として誕生。7歳で歌舞伎座「野崎村」にて初舞台、五代目中村児太郎襲名。1992年歌舞伎座『金閣寺』の雪姫と『娘道成寺』の白拍子花子で九代目中村福助を襲名した。『本朝廿四孝』の八重垣姫、『金閣寺』の雪姫から、『盲長屋梅加賀鳶(めくらながやうめがかがとび)』では一癖ある女按摩・お兼も演じ幅広い役柄に挑戦するなど、今後の活躍に期待がかかっている。

  • 初代坂東正之助(山崎屋)

    真面目で規格正しい演技とよく通る声が人気の役者。立役。1954年生まれ。1960年『土蜘』の石神で初お目見得。1961年に『口上』で坂東正之助を名のり初舞台を踏んだ。1989年『双蝶々曲輪日記』放駒長吉ほかで名題昇進。2003年『幡随長兵衛』の水野十郎左衛門ほかで四代目河原崎権十郎を襲名した。

  • 五代目坂東玉三郎(大和屋)

    歌舞伎ファンでなくとも少なくともその名は耳にしたことがある現在の歌舞伎界を代表する女形。『義経千本櫻』の静御前や『京鹿子娘道成寺』の白拍子花子が当たり役で有名。歌舞伎門閥出身ではないハンディを乗り越え、『壇浦兜軍記』の阿古屋や『籠釣瓶花街酔醒』の八ッ橋、『伽羅先代萩』の政岡など六代目中村歌右衛門の大役を継承しながら、新しい境地を開拓している。泉鏡花作品の舞台化にも意欲的で『天守物語』、『夜叉ヶ池』などは有名。国際的にも、異分野との共演でも活躍している。50年生まれ。57年『寺子屋』の小太郎で坂東喜の字を名のり初舞台。64年十四代目守田勘弥の養子となり、歌舞伎座『心中刃は氷の朔日』のおたまほかで五代目坂東玉三郎を襲名した。以降現代まで精力的に活動している。また、80年代からは先述のように国際的に異分野に活躍の場を広げ、84年にはニューヨーク・メトロポリタン歌劇場で『鷺娘』を披露するなど90年代にかけて7回欧米の歌舞伎公演に出演。88年には当時人気が沸騰していた21世紀バレエ団のモーリス・ベジャールの振付けで、パリ・オペラ座のエトワール、パトリック・デュポンとベジャールの秘蔵っ子ジョルジュ・ドンらバレエ・ダンサーと共演した。ヨーヨー・マとはチェロにあわせた創作舞踏を演じている。映画にも進出、91年には初監督作品となる映画『外科医』を発表している。

  • 八代目坂東彦三郎(音羽屋)

    時代物も世話物も幅広くこなす中堅俳優として活躍する歌舞伎役者。口跡の良さと立派な押し出しが持ち味の立役。1943年生まれ。1950年、新橋演舞場『寺子屋』の菅秀才で四代目坂東亀三郎を名のり初舞台。そしてこの頃、映画やテレビドラマの子役として活躍した。1965年に歌舞伎座『対面』の朝比奈で八代目坂東薪水(しんすい)を襲名するがその翌年、大病で倒れた。1967年に再起し、1972年歌舞伎座『石切梶原』の梶原平三で二代目坂東亀蔵を襲名。1980年、歌舞伎座『実盛物語』の実盛と『毛谷村』の六助で八代目坂東彦三郎を襲名した。

  • 九代目坂東三津五郎(大和屋)

    真っ向から正攻法で望む舞台演技で、敵役・老役を得意とした歌舞伎役者。1929年、三代目坂東秀調の三男として生まれる。32年「時雨の炬燵」勘太郎役で坂東光伸を名乗り初舞台を踏んだ。55年に六代目坂東蓑助の長女・守田喜子と結婚し、歌舞伎座「吉野山」の早見藤太で四代目坂東八十助を襲名。その後『蘭平物狂』の蘭平、『四の切』の忠信などの大役で活躍した。62年に歌舞伎座にて七代目坂東簑助を襲名。坂東流の家元として、自主公演「登舞の会」を主催し、流祖三代目の初演作品の復活上演などに力を注いだ。そして87年、歌舞伎座「喜撰」の喜撰法師、「傾城反魂香」の又平、「釣女」の太郎冠者で九代目三津五郎を襲名。日本芸術院賞、紫綬褒章などを受け、99年に死去した。

  • 十代目坂東三津五郎(大和屋)

    日本舞踊の一大流派・坂東流の家元としての責務も立派に果たす立役。松尾芸能賞大賞や同年紫綬褒章など数多くの賞を受賞。1956年うまれ。祖父は八代目坂東三津五郎、父は四代目坂東八十助。1962年に歌舞伎座『黎明鞍馬山』の牛若丸で初舞台を踏み、五代目坂東八十助を襲名。以後八代目が初演した舞踊『馬盗人』を復活上演するなど、家の芸にも意欲的に取り組む。2001年に歌舞伎座『壽曾我対面』の曾我五郎役、『六歌仙容彩(喜撰)』(通称:きせん)の喜撰法師役で十代目坂東三津五郎を襲名した。『倭仮名在業系図』の奴蘭平、『新皿屋舗月雨暈』の宗五郎、『勧進帳』の弁慶などが当たり役として知られている。

  • 九代目松本幸四郎(高麗屋)

    現代歌舞伎を代表する立役の一人。独自の芸風を確立し、近年ますます風格がでてきている。その一方、ブロードウェイで『ラ・マンチャの男』を、ロンドン・ウエストエンドで『王様と私』を主演するなど、ミュージカルの舞台でも活躍している。また、テレビでも大河ドラマや連続ドラマへ多く出演し、その才能を発揮している。1942年生まれ。1946年東京劇場『助六』の外郎売(ういろううり)の伜(せがれ)で松本金太郎を名のり初舞台。1949年歌舞伎座『逆櫓』の遠見の樋口で六代目市川染五郎を襲名。1981年歌舞伎座『勧進帳』の弁慶ほかで九代目松本幸四郎を襲名した。1965年にテアトロン賞、1979 年には日本芸術院賞、1991年には外務大臣表彰、さらに2005年には紫綬褒章など、数多く受賞。

  • 初代松本白鸚(高麗屋)

    男らしい迫力のある芸風で人気を博した歌舞伎役者。またシェークスピア「オセロ」やテレビ時代劇「鬼平犯科帳」の長谷川平蔵役、映画「忠臣蔵花の巻・雪の巻」の大石内蔵助役など歌舞伎以外でも精力的に活躍した。1910年生まれ。26年に二代目松本純蔵として初舞台を踏んだ。81年松本白鸚を襲名するも、その直後心不全のため71歳で死去した。代表作は「仮名手本忠臣蔵」の大星由良之助役や「菅原伝授手習鑑・寺子屋」の松王丸役など。紫綬褒章・日本芸術院賞・重要無形文化財(人間国宝など数多くの賞を受賞している。

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